『青雲山河』の人々展
2021年9月19日(日)・20日(祝)の2日間、山下の城下町旅籠お多福に於いて『青雲山河』の人々展があり、訪問してきた様子を載せてみます。これは、「作州維新文庫」を運営されている竹内祐宜さんが、津山朝日新聞に連載中の歴史小説『青雲山河』に登場した人々の遺墨など、関連資料の展示でした。松平確堂(津山藩主松平康倫)、岸田吟行の書がすごく素敵でした。
2021年9月19日(日)・20日(祝)の2日間、山下の城下町旅籠お多福に於いて『青雲山河』の人々展があり、訪問してきた様子を載せてみます。これは、「作州維新文庫」を運営されている竹内祐宜さんが、津山朝日新聞に連載中の歴史小説『青雲山河』に登場した人々の遺墨など、関連資料の展示でした。松平確堂(津山藩主松平康倫)、岸田吟行の書がすごく素敵でした。
2021年6月6日、「薔薇ジャムを作ろう!」ワークショップに参加してきました。
「美咲町塚角の脇容子さんの栽培するダマスクローズは香料用の品種のバラのため、とても良い香りがあります。このバラを使って乙女の夢 "薔薇ジャム" を作ってみましょう。」と猫鳴庵の八幡清美さんを講師に招いて、脇容子さんの経営するモモママのゲストハウスでワークショップが行われました。
薔薇ジャムを入れたロシアンティーと薔薇ジャムをクラッカーに乗せていただきましたが、バラの香りが口の中で広がってとても美味しく優雅なひと時でした。ワインのお供にも合うと思います。
八幡清美さんは、2021年5月に「ダルメイン世界マーマレードアワード&フェスティバル日本大会 アマチュアの部ー自家製のマーマレードー柚子」で見事銀賞を受賞されたばかりです。
武藤順九氏は1973年からイタリアにアトリエを構え、国内外で彫刻、絵画を発表してきました。彫刻作品はバチカンや仏教の聖地インドブッダガヤ、ネイティブアメリカンの聖地でアメリカ合衆国最初のナショナル・モニュメント、ワイオミング州デビルズタワーなどに永久設置され、これら一連の人類の聖地への設置は世界芸術史上、初めての偉業といわれています。
また、絵画作品もパリのユネスコ本部にコレクションされる等、世界的アーティストとして知られています。かつて松島瑞厳寺での特別展の折、故平野宗浄御老師が東洋のミケランジェロと絶賛されました。2019年には東京都昭島市に『昭島・昭和の森 武藤順九彫刻園』が開園となり、国内外から注目を集めています。
この度、日本における制作の場として、津山にアトリエを構えられることになり、PORT ART&DESIGN TSUYAMAにおいて特別企画展を開催していただける運びとなりました。是非、この機会に多くの方々に御覧頂けますことを願っています。
PORT ART&DESIGN TSUYAMA 館長 飯塚 洋平
社説 旧郷社 日吉神社
本社創立の年代は不詳、社伝並びに古老の口碑によれば天平9年11月、従五位下美作守阿部帯磨より受継ぎをなせる、美作守大伴兄磨が、近江國阪本鎮座の日吉神社より天平10年4月、分霊を奉祀し、翌11年3月7日、御遷座勅許を得て荒田七反歩を寄せ、植月郷総鎮守となしたりとも、或は、内田菅磨、が近江國日吉神社を、旧社地植月中河内山王谷に奉祀し、永正9年、宮山城主植月彦次郎この地に遷し奉ると云う。
平成6年3月本殿・幣殿・拝殿共に著しく老朽せしを、平成の御大典記念として改築なせるものなり
祭神 大山咋命・大巳貴命・豊受大神・味須岐高彦根命・少彦名命・猿田彦命
境内社 稲荷神社・厳島神社(文:現地案内板より)(2020年9月10日撮影)
復元された門(門の高さ:6m50cm、幅:7m88cm)
この惣門は、慶長(1596~1614)年間に幕府による出雲街道の整備にあたり、ここに美作七駅の1つとして土居宿駅を定めた際、東と西の出入り口に関門を設け、朝夕門番によって開閉し、国境の警備のために建築されたもので、明治2年の関所廃止令により取り壊されたものを平成13年3月復元建築したものです。宿場町の両端に惣門を備えていたのは、全国的にもまれな事例といわれています。
「令和2年の干支、子(ね)と令和3年の干支、丑(うし)にちなみ、ねずみや牛に関する作品が展示します。その他にもお正月に関する資料などを展示し、博物館の新年をおめでたい雰囲気で迎えます。」とのキャッチフレーズに思わず行ってみたくなり、遅ればせながら1月16日に津山郷土博物館を訪れてきました。3階の会場の一角にコーナーがあり、ひときわ目を引いたのは、飯塚竹斎の大根鼠図でした。これは「大根食うねずみ」と「大黒ねずみ」をかけたモチーフであると考えられ、おめでたい図柄だそうです。津山郷土博物館にはお宝がいっぱいです。
「旧街道(出雲街道)に堠樹として榎が植えてありました。360余年たって巨木となり枯れてしまいました。
しかし、その根から新しい命が生まれ、今は、先代の巨木に負けじと大きくなってきました。
前の巨木は樹木医と相談し、このまま倒れたら近所の家に迷惑がかかるかもしれないとの心配があるので、今から5~6年前に切りました。」と地区の井上さんが話してくれました。
(文:出雲街道を歩こう会「坪井宿」資料より)(2020年11月23日撮影)
2020年11月8日、「出雲街道 勝山宿の会」主催で、つながる「出雲街道」を歩こう会の特別企画第二弾(大井西の会と共催)で、津山市中北上~宮尾間を歩いてきました。実際に歩いてみないと細かなところまでは分かりませんが、資料を片手に歩いたところを紹介してみます。
このページでは、坪井下の馬頭観音のイボ神様・念仏供養塔・六体地蔵様です。すぐ近くには餝摩津(しきまず)斉七塚・鶴亀神社(鶴坂)・鶴坂神社等があります。
前回組んだ田熊の謎の石碑の後、2020年9月27日「出雲街道を歩こう会」に参加したのをきっかけに、勝央町文化財保護委員長の赤木耕三さんに、「我が家の山の中に、大きな石碑があるんだけど解らないから気になって仕方がない。」と相談したところ「そりゃ~解明せにゃ~いけんじゃろ。」ということになり、10月10日に赤木さんが現地に来て判読してくださいました。この時は判読できないところが少しあったそうで、再度12日に来てくださって「完全に判読できた。」と赤木さんから連絡が入り、喜び勇んで現地に行き説明を聞きました。(その後も何度か足を運んでいただいたそうです。)
正保4年(1647)8月に建てられた供養碑であること、南無妙法蓮華経 日心院宗有 施主 ニ木宗一〇尉であることが確認でき、福栄山寿林寺2代目の住職が祈祷、二木氏が施主であることが分かりました。
2020年11月8日特別企画(第2弾)「出雲街道(Ⅱ)を歩こう会(第6区)」に参加してきました。久米ふれあい学習館をバスで出発、岩屋城麓に着き簡単な説明を受け徒歩出発しました。約4時間ほどかけて無事久米ふれあい学習館に戻ってきました。
出雲街道とは、播磨の国 姫路を発し、出雲の国 松江に至る約215kmの古道を言う。また、終点は松江を過ぎ、出雲大社とも言われている。
今回は「つながる出雲街道(東部Ⅱ)」を歩こう会より、特別企画 第2弾として、大井西の会の応援を得て、共催で開催されました。津山市・中北上~同・宮尾間7.8km(実質9.0km)