久米郡(久米南町・美咲町)(地域別/津山市周辺・岡山県北地域)

美作の大庄屋巡り「矢吹家」(美咲町)

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矢吹家 矢吹孫左衛門 勝南郡行延村 森藩
大庄屋まで
 矢吹氏は、平氏と密接な主従関係を結んでいた備前の難波氏から出ているという。文明年間(1469~1486)羽仁の鴛淵城(おしぶちじょう)にいた難波九郎左衛門の後裔難波信正は、荒神山城の花房職秀の家老を務め、神楽尾城攻めに当たっている。職秀が荒神山城を退去した後、行信村で帰農した。
その後、三郎左衛門は難波から矢吹を名乗り、孫左衛門が貞享2年(1685)大庄屋に任命された。
大庄屋として
 大庄屋を勤めた孫左衛門は、貞享3年、4代藩主森長成の家督相続祝いに植月新右衛門、粟井六郎右衛門、立石五郎右衛門とともに江戸へ行っている。矢吹家は、森藩改易後も庄屋や中庄屋などを勤め、当主は日記を残している。これが『近世行信略記』『矢吹禄』としてまとめられて、のちに『近世作南農村史料』(矢吹修編)として刊行されている。

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園密山 泰山寺(久米南町)

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 当山は、天平勝宝6年(754)に創建されたお寺で、鑑真和上の開基です。かつての本尊は行基菩薩作の正観世音菩薩と伝えられております。現在地には昭和33年に移って参りましたが、元は久米南町泰山寺というところに伽藍が配備されていました。
 現在、新旧のご本尊を初め、仁王像などの仏像修復が進んでおります。(平成27年完成予定)。かつてのご本尊様からは、創建当時の温もりが、また現在のご本尊様不空羂索観世音菩薩からは、まるで息づいているかのようなお姿が感じられます。
 密教寺院でありながら、地獄の王たちとして知られる、十王様のお姿がお祀りされています。例えば閻魔大王や脱衣婆など、「あの世」のイメージとしてよく知られた尊像が、完全な形で拝めます。
 また、本堂向かって右側には、位牌堂を兼ねた大師堂があります。

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森忠政の義母生光院霊屋(久米南町)

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生光院霊屋(みたまや)
 創建時の名称、美作国主初代森忠政がその義母生光院のために建立されました霊屋で、正面須弥壇には、生光院が生前崇拝の弥陀如来立像と生光院の位牌とを安置されました。施工者は大阪の番匠勝右衛門、当時の住職は第12世深誉。
 生光院は柴田勝家の女で、初め塙備中守直政に嫁し、直政死後原隠岐守に再嫁せられ天正11年(1583)隠岐守戦死により生光院はその子長満(4歳)の成長を護るうち天正18年(1590)秀吉は長満が勝家の外孫であるの故を以て、之を殺した。生光院は悲しみのあまり全く志を失い越前大野木に隠棲するようになり大野木氏ともいわれます。
 森忠政は、塙直政の養子となる約束がありましたが、直政死のためそのままとなり慶長8年(1603)美作国主として津山に来られました。慶長15年(1610)大野木氏が越前に存世のことを聞かれ、大いに懌び、家臣川村左介を特派して大野木氏を津山に迎え250石を給するなどして配慮至らざるなく、常には家臣富田久右衛門を傅として諸般世話せしめられました。

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2021まきばの館のラベンダー畑(美咲町)

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 2021年6月27日、まきばの館までラベンダーの香りを楽しもうと友人を引き連れてやってきました。コロナ禍で外出を控えていた家族連れが沢山お見えになっていました。
 ラベンダーの種類にもよりますが、これからが本番でしょうね。いつものようにいろんなハーブやダリアが可愛く咲いていました。また、珍しい草花もいっぱいです。
 まきばの館は、岡山県農林水産総合センター畜産研究所が畜産や畜産物に対する理解を深めてもらい憩いの場所にしてもらうことを目的に平成3年4月に開園した施設です。

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2021久米南町の花しょうぶ園

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 2021年6月12日に久米南町上神目の国道53号沿いにある花しょうぶ園を見学してきました。
ここは誕生寺川の支流・末常川砂防ダム下流にあり、地元の方が13㌃に60種、2000株を栽培しておられます。
 今年はコロナ禍の中なので、恒例の「花菖蒲園まつり」は中止でしたが、地区のお年寄りの方が当番で数人来られていました。「コロナでまつりもないけれど、今年もしっかり世話して綺麗に咲いたのを見ると嬉しい。また、みんなの笑顔が見えたら疲れも吹き飛ぶからな。」と笑ってお話しくださいました。

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笛吹川歌碑公園(久米南町)

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 笛吹川歌碑公園は岡山県久米郡久米南町にある誕生寺に隣接した公園です。
2020年9月13日に誕生寺に取材に伺った時、門の外で何気なく周りを見渡すと公園という文字が書かれた看板が眼に入り、つられて行ってきました。公園内は2千坪もあるそうです。その中には正岡子規をはじめとする文化人の文学碑・歌碑が沢山並んでいます。また、美しい公園内ではほたるも観察できるそうです。

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旧南和気小学校(農村型リゾート南和気荘)

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 1993年に閉校となった旧南和気小学校をリノベーションし、宿泊施設として、「農村型リゾート南和気荘」が1997年にオープンしました。運営は、美咲町農業公社によって行われています。この施設は、昭和16年に小学校として建てられて、閉校になった校舎を利用したものです。
 ここの南和気小学校の卒業生でもある、北村友恵さんに案内をしていただきました。北村さんの思い出は、木のぬくもりを感じていたことと、冬になれば石油ストーブに火をつけるのですが、低学年の子は新聞紙を持って高学年の後に続き、高学年の子がマッチで火をつける役、高学年の子どもが低学年の面倒を見るという形だったそうです。(2021年1月15日撮影)

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「食堂かめっち」の釜炊きスペシャル

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 美咲町のたまごかけごはんを食べに行こうということになり「食堂かめっち」を訪れました。夏の暑い日でしたが、お外でたまごかけごはんを美味しく、また幼いころを懐かしみながら頂いてきました。
 この「食堂かめっち」は、咲町出身で明治時代を代表するジャーナリスト岸田吟香が「たまごかけごはん」を愛好したことから、平成20年1月22日にオープンした食堂だそうです。今日は新しく追加されたメニュー「釜炊きスペシャル」で、屋外で食べられるセットを頼んでみました。1釜が1,500円で、家族で頂くとリーズナブルなお値段です。お隣のテーブルでは、小さな子供さんと来られていた3人家族も美味しそうに召し上がっていました。(2020年9月5日撮影)

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紫雲山 光嚴院 泰西寺(久米南町)

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紫雲山 光嚴院 泰西寺(第十八番)
 当山は元の泰山寺「光明坊」と元の「西山寺」を合した寺であり、寺号は泰山寺の泰と西山寺に西をとったものであります。
 両手ら合併に際しては泰山寺の本山が京都山科の「勧修寺」、一方西山寺の本山は高野山であり困難をきわめました。たまたま明治四十五年四月、西山寺の庫裡が焼失し、これを機に合併が一気に熟し、大正三年に現在地に新寺を建立しました。
本堂・客殿及び境内
 本堂と客殿には「川柳襖」、境内には川柳句碑及び川柳掲示板が樹木等に取り付けられており、川柳寺として広く知られています。本堂の川柳襖は「蓮の葉の露は真珠の夢を溜め」ほかが、水粉千翁の筆で見事に描かれています。
 また、境内には『人知れず花壇の隅に咲いて散り』の句碑の他、数多くの信仰川柳を掲示。その他、四国八十八ヶ所霊場のお砂を勧請した「お砂踏み・健康聖道」は裸足で歩いて頂く、ユニークなものであります。
奥の院
 元の西山寺跡には足王大権現を祀り、当山の奥の院・川柳公園として信仰に観光に脚光を浴びています。(当山から約五百メートル、句碑約三百基が建ち並ぶ日本一の川柳公園です)(文:『高野山真言宗美作八十八ヶ所霊場』より)

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ハーブ・ダリア・コスモス・ひまわりの花(美咲町)

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 2020年10月17日美咲町のまきばの館ではちらほらもみじ等の紅葉がすすんでいました。
コスモスが満開のころかなと思いましたが、もう少し先の様子でした。ハーブの鮮やかな赤や紫の色が目立っていました。また、お花畑では目を引いたのが美しく可愛らしいダリアの花でした。なんて可愛いのだろうとカメラに収めてきました。

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