勝田郡(勝央町・奈義町)(地域別/津山市周辺・岡山県北地域)

東美作路名木百選「酒本家のムクノキ」と「髙仁姫宮の碑」(勝央町)

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 勝央町の文化財保護委員長の赤木耕三さんに案内していただいて、「東美作路名木百選 酒本家のムクノキ(ニレ科)」と「髙仁姫宮の碑」を巡って来ました。
 ムクノキの巨木はまるで髙仁姫宮の碑を囲んでいるように根を張っています。その髙仁姫宮の碑の裏には酒本同族会が建立した酒本家のルーツが書いてありました。また、近くには後南朝初代高福天皇の第一皇子尊秀親王のお墓と伝えられている地や、如意輪観音寺跡がありました。(2021年8月28日取材)

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釈迦免池(奈義)から見た那岐連邦の雪景色

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2月26日釈迦免池(しゃかめんいけ)は、勝田郡奈義町柿にある海抜251mの溜池です。
釈迦免池改築竣工 記念碑に
「釈迦免池は寛永12年構築され、その後数次に亘り、増改築が行はれ祖田を養いたるも老朽甚だしきため県営日本原演習場障害防止対策事業として全面改築工事が竣工しここに待望の溜池となれり
昭和56年5月建之」とある。(2020年1月15日・2022年2月9日・2月25日・2月26日撮影)

実兼古墳群(さねかねこふんぐん)は久常の釈迦免池の西側の丘陵から柿の八幡神社にかけて点在している16基の古墳群の総称で、ほとんどが円墳です。
久常分の古墳には美作菅家の祖「菅原知頼」とその子孫の墓との言い伝えがあります。
釈迦免池脇に立看板あり、徒歩で3分ほど

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2022 那岐池の冬景色(奈義町)

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 2022年勝田郡奈義町にある那岐池の冬景色を撮ってきました。
 那岐池には知人を訪ねる度に立ち寄り、この美しい景色を眺めておりました。この景色をみなさんにご紹介しようと那岐池の色々な表情を撮りだめてきました。
 「那岐池は国定公園の一角自然豊かな立稜地にあり、その源流滝川流域はかつての陸軍演習場が第二次大戦後陸上自衛隊日本原演習場へと移管され、全面安定使用のため弾着地潜入射場戦車訓練場道路の建設、さらに森林の伐採中央射場の建設等により流域内の荒廃著しく洪水濁水土砂流出量が増大し、演習場の使用と形質変質による水源の枯渇堤塘の損傷斜樋管の欠損、更に漏水障害が見られ自衛隊と地元の共存共栄の理念に基づき協調の精神によりその対策の一環として関係者の切実な要請を受け、防衛施設庁は那岐池堤塘改修事業を採択し、県営事業として昭和六十一年度実施設計同六十二年着工以来十年の歳月を経て本工事が完成、まさに平成の大改築が竣工したものである美田の用水確保と災害時における洪水調整に寄与すること甚大である(平成六年十二月吉日)」(文:石碑より)

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豊福家のバラ園(奈義町)

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 2022年5月22日と6月1日に奈義の豊福さんのお宅のバラ園を訪ねてきました。
2回目は、満開を少し過ぎたころお邪魔したのですが、まだまだ沢山のバラ達が咲いていました。
ここのお庭はバラのアーチと可愛い丸い石だたみがほどよく配置され、その周りは緑の草花で彩られとても綺麗です。丹精込めたバラの花とお庭はずっと見ていても飽きることなく癒されます。(2019年のバラの花

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郷土の画家シリーズ「遠くみのれる」

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 勝央美術文学館所蔵作品から郷土ゆかりの作家を中心に紹介するシリーズです。  
 今回は、洋画家の福島金一郎、赤堀佐兵、水野恭子、高山始らの作品とともに、高山の師で没後25年を迎える津山出身の日原晃(ひはら・あきら1910−1997)の小品をご紹介します。日展参与をつとめた日原は、瀬戸内海や日本海などの風景を暗く深みのある碧色と迫力ある剛胆な筆致で描きつづけました。また、洋画団体≪光風会≫を中心に後進の指導に熱心に取り組み、高山をはじめ数多くの画家を育てました。(文:勝央美術文学館HPより)(2022年4月15日・16日撮影)
開催期間:2022年4月16日㊏〜2022年5月29日㊐  月曜日休館

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化石の川公園(勝央町)

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自然の宝貝の化石
 約45億年前に誕生した地球、15億年の昔に生まれた日本列島。
今からおよそ2,500万年程前の新生代第3紀中新世というころになると、日本列島は沈み始め、しだいに海がひろがってきた。このあたりでも、低地や谷ぞいに入江が発達し、ついに中国山地のところどころの高い部分を残して海がひろがり、今の瀬戸内海のような島の多い海の様子を示すようになってきた。これを古瀬戸内海とか、古津山海と呼んでいる。長野県の南から、島根県までひろがってきた。この川底の地層は、そのころ堆積したもので、ビカリヤ、カキ、カガミガイ、アカガイ、カニなどの化石が見つかり、川底のなめら(泥質砂岩)に白く見えるのはカキ(オストリアギガス)の化石である。ちかくの津山の川底では、およそ2,000万年程前のヒゲクジラや1,500万年程前のパレオパラドキシア(古代カバ)の化石も発見され、当時このあたりを体長数メートル以上になる巨大なクジラが泳ぎ、いろんな貝が生息したと想像できる。
 この地のように、カキの化石などが自然のままはっきり見える地はめずらしく、私達の地の自然の宝として、大切に保存していかなくてはならない。(文:現地立て看板から)(撮影:2022年1月16日・2022年2月22日)

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豊受神社(勝央町)

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 今回は、令和2年3月28日の小雨が降る中を、勝北歴史研究会のみなさんと歩いた植月御所散見の様子です。岡山県の神社庁のHPでも調べましたが、それらしき神社は見当たりませんでした。いつごろ、なぜ豊受神社と呼ばれるようになったのか?
 地元では「岡山県勝田郡勝央町植月北に鎮座している豊受神社は王子様(王子権現宮)とも呼ばれており、元旦祭、夏祭り、総日待、冬祭り等地区の氏神様として皆さんが崇拝している神社」とのことです。

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後南朝初代高福天皇の第一皇子尊秀親王のお墓伝説(勝央町)

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 2021年8月28日、後南朝初代高福天皇の第一皇子尊秀親王のお墓と伝えられている地を勝央町文化財保護委員会委員長 赤木耕三さんに案内していただき訪れる。
 勝央町植月北の大庄屋の敷地内に祀られている石碑は『植月御所の真相』によると、「後南朝初代高福天皇の第一皇子尊秀親王の居られた北山城は、勝田郡豊国庄北山に在り、其の昔赤松残党に襲撃された悲涙の地で、渡りの橋と共に後世まで永く語り伝へられる可き史蹟地である。」と記されてある同じ場所でしょうか?今なお地元の人によって祀られているようです。

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秘史後南朝の里・高根を歩く「如意輪観音寺跡」

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秘史 後南朝の仙洞御所の地、高根について「如意輪観音寺跡」貞和3年の石造(宝塔)
 酒本武都主氏の親切な道案内により、その幻を求めて歩きました。翌日の令和3年6月4日地区に古い物が多くあることを知ったことにより、せめて石造物の文字だけでも正しく読んでみようと、独り調査に入った。この日私的には大変なものを確認できた。
 地元では先人達が、「高仁山長福寺境内 如意輪観音寺跡」と言われる場所には宝塔(仮)があり、それには(判読)「貞和三丁亥天〇〇(1347) 願主 万門」と彫られていることに気づいた。
 これは町内で重要文化財指定されている
  間 山  四角宝塔康永3年(1344)
  一本松  如意経塔延文6年(1361)
  東光寺  油地蔵 康暦2年(1380)県指定
 この中では二番目のものである。手水鉢には昔は髙仁であったとも奉納者が示していた。
 かつて秘史を語ってきた人達は以上のことを知っていたのでしょうか。詳しくは後日の調査を待つことにして地元区長へ中間報告することとした。参考文献:『博士 川勝政太郎著 石造美術入門・同 石造美術の旅』より(文:勝央町文化財保護委員会 委員長 赤木耕三)

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出雲街道を歩こう会「江見~ノースヴィレッジ」【2】

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2021年10月24日(日)特別企画第3弾 つながる「出雲街道(Ⅱ)を歩こう会「ふるさと再発見 美作国歴史遺産の古道」(区間 美作市・江見~勝央町・ノースヴィレッジ9.3Km)【2】

郷土記念物 笠懸の森
 元弘2年(1332)後醍醐天皇が隠岐に流される途中お休みになられ、武士の笠懸の技をご覧になった故事から名づけられたこの森は、現在では11本の木々に覆われ荒神様を祀る鎮守の森となっています。中には、天保年間の荒神さまの石灯籠や文久年間の墓、また、その他現在に至る記念碑など様々な石造物が笠懸の森の中に混在し、現在でも信仰の対象として祀られています。
 また、樹齢300年のムクノキの巨木をはじめ、エノキの巨樹が繁茂しており歴史の古さを物語っています。(文:現地看板より)

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