美作の庄屋巡り「黒田家」(宮部上)
津山市宮部上の黒田家について
太田亮著「姓氏家系大辞典」第2巻(1963年初版、角川書店)によると、「美作の黒田氏」の項に、次の記述がある。
「久米郡宮部上邑に黒田氏あり。前述高満の嫡孫右近大夫高政備前邑久郡福岡村に移り、其の三男源三郎定隆宇喜多家に仕ふ。その嫡孫定重に至って、天正七年(1579)五月、久米郡宮部に土着す。其の子忠朝より以降、或は中庄屋、または里正を勤むと云ふ。又英田郡山外野、倉敷等に黒田氏あり。」
津山市宮部上の黒田家について
太田亮著「姓氏家系大辞典」第2巻(1963年初版、角川書店)によると、「美作の黒田氏」の項に、次の記述がある。
「久米郡宮部上邑に黒田氏あり。前述高満の嫡孫右近大夫高政備前邑久郡福岡村に移り、其の三男源三郎定隆宇喜多家に仕ふ。その嫡孫定重に至って、天正七年(1579)五月、久米郡宮部に土着す。其の子忠朝より以降、或は中庄屋、または里正を勤むと云ふ。又英田郡山外野、倉敷等に黒田氏あり。」
安黒家 安黒和助 東北条郡大篠村 松平蕃
大庄屋まで
安黒氏は、赤松氏の家臣であったといわれる。
嘉吉元年(1441)嘉吉の乱によって赤松満祐が滅んだ時、津山の林田に逃れ、安黒姓に変えたという。林田には安黒谷の地名が残っている。
大篠の屋敷跡の南にある台山城城主として尼子氏・浦上氏・毛利氏に従った後帰農した。
元文5年(1740)安黒和助が大庄屋に任命された。
大庄屋として
大庄屋としての記録がなく、不明である。安黒豪平は津山藩士広瀬家の養子になり、その子広瀬臺山は、津山藩のお抱え絵師として有名である。臺山は山水画を得意とした。
2020年10月1日に津山城(鶴山公園)」の彼岸花を撮ってきました。
今年はいつになく彼岸花の咲くのが少し遅く、9月の終わりから10月に入りやっと満開になりました。まだまだ蕾もあったので見頃が続きそうです。本丸で綺麗に咲いていた彼岸花は、今年は石垣の修復工事のため、石が沢山置いてあり彼岸花は見ることはできませんでした。この時期は公園内ではあまり色がない中、彼岸花の真っ赤な色がひときわ石垣に映えていました。
大字宮部上、字仲仙道にあつて、土地の人は単に「城山」と呼んでいるけれども「城山」と言う地名は各所にあるので、他と紛れないために「仲仙道城山」と呼んでおく。
此の山は西北の部分が細くきびれて「桧ヶ仙」を主峯とする山地につゞいてはいるが、殆んど孤立した山で、一目で「城山だな」と思われる小山である。
土居家 土居藤七 西北条郡田辺村 森藩~松平藩
大庄屋まで
田辺村土居家は、田邑土居家の分家である。田邑村七郎右衛門の三男伊右衛門が、寛文12年(1672)に田邑村に居住したまま田辺触の大庄屋に任命され、田辺触として、6か村石高2489石を所管した。伊右衛門は天和元年(1681)田辺村に移住し、同3年伊右衛門の死去により、河辺村土居家にいた弟の七衛門が名を藤七に改め、2代目となり大庄屋を継いだ。
大庄屋として
藤七は、元禄11年(1698)、美作国に10万石で入封する松平家に大庄屋及び領民を代表して香山太郎兵衛とともに江戸まで祝賀の挨拶を行っている。藤七は、東一宮中島氏とともに第一次長州戦争に従軍した。『美作の大庄屋、大年寄記』屋号を中屋という。
2020年4月2日の午後、津山城(鶴山公園)に満開のさくらの花を撮影しに行ってきました。
曇り空ですが津山城(鶴山公園)は満開のさくらで美しく華やいでいました。時折、自撮りに夢中な親子の笑い声がしていました。また、子どもたちは多くの階段をものともせず元気に走り回っていました。城内では、新型コロナウイルス感染が心配されるので飲食や長期滞在等はひかえるようアナウンスがあります。今週末は満開で美しいさくらの花を楽しむことができるでしょう。
土居家 土居七郎兵衛 西北条郡下田邑村 森藩~松平藩
大庄屋まで
土居氏は、伊予の河野家の末裔である。天正年間に毛利氏の武将であった土居四郎次郎が神楽尾城の守りとして入ってきたのが、田邑土居家の始まりと伝えられている。その子、孫右衛門が帰農した。七郎右衛門が寛永8年(1631)大庄屋に任命され、二男太郎右衛門が河辺村土居家、三男伊右衛門が田辺村土居家として分家し、ともに大庄屋を勤めた。
吉井川に沿って安岡町から南新座までの静かなところをお散歩すると、途中、石灯籠のところで河川敷に降りる階段があるので降りてみると、石垣に沿うようにお地蔵さまが祀られています。
「このお地蔵様は、この辺で溺れて亡くなった子供達の為に建てたって聞いてますよ。筋違橋のもう少し上手のお花淵から水練場にかけては、かなり水量も多くて、流れもキツかったんですよね。それで何人かは亡くなった方がいたんです。ウチの母親もたまにお詣りに行ってます。^_^
元々は対岸の津山口あたりにあったものが、あの場所に氾濫の後流れ着いたらしいですよ。」と安岡町在住の廣本 慎太郎さんより情報提供をいただきました。
2020年3月12日の津山城(鶴山公園)の本丸の様子です。
しだれ梅が満開を過ぎたころかなと思いつつも本丸まで上がってきました。本丸ではハクモクレンの花がちらほら咲きだしていました。今年は本丸の東側のしだれ桜が石垣の修復のため切れられ少し寂しけれど晴れやかになっています。
2020年2月21日の千代稲荷と宮川にかかる赤い太鼓橋(2009年の取材記事)
大きな赤いちょうちんが目印の千代稲荷神社(せんだいいなりじんじゃ)の本殿は津山市指定重要文化財(建造物平成15年2月17日)です。前回の取材時よりは参道の赤い太鼓橋の色が薄くなったと感じました。また、背後の樹木はすっきりして石垣がよく見えだしましたね。(嘗ては稲荷山地区に、佐平焼の登窯が五室ありました。)