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取材記事内をタグ「神社」で検索した結果,248件の記事が見つかりました。

広野小裏山 小祠に祀られている広野神社

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 広野小学校裏山に小祠に祀られている広野神社(2012.1.15取材)
 広野小学校給食室の裏山に、学校の敷地に接して小さな社があり、広野神社として今も祀られている。ごく最近、広野神社と書かれた真新しい木造の鳥居が建てられ、その存在が明示されるようになった。それまでは、茂みの中に位置していて、近隣の氏子以外には、ほとんどその存在が気づかれにくい状況にあった。
 平成4年、岡山の年配の女性から広野小へ次の要旨の問い合わせがあった。


 「私は、元河面(こうも)出身の者だが、何十年ぶりかで津山を訪れる機会を得た。子どもの時分、病気し吹き出物にも困っていたとき、学校の周りのお宮さんにお参りして大変おかげを受けたのを覚えている。ついてはお礼に参ってみたいので、その場所を教えてほしい。」
その時私は、「学校周辺にはお宮はなく、河面の八幡様か福井の金刀比羅宮(ことひらぐう)ではないか。」と応えたが、私自身不明を恥じる次第となった。
 後で分かったことだが、校長室にある広野小初期の藁(わら)ぶき校舎を描いた絵に、広い参道と鳥居が校舎のそばに描かれている。また、江戸時代、「東作誌」の田熊村上分にも、小祠の祭神の記述が見られ、古くからの存在が裏付けられた。社伝は明らかではないが、社のなかに「広野神社御本殿再建正遷(せいせん)座鎮祀(ざちんし)当社氏子安全斎主宮司 豊田元留 昭和四九年壱月弐拾七日」と銘がある。

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福井 新宮城に関わる伝承の真宮神社

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福井 新宮城(しんぐうじょう)に関わる伝承の真宮神社(しんぐうじんじゃ)2012.1.15取材
 福井より大崎に向かう道中、土居の公会堂の周辺は、花畑がありきれいに公園化されている。そこに、真宮神社の立派な石造りの鳥居が見られ、その鳥居には、「明治33年10月」と刻まれている。また、鳥居の側に細長い石に刻んだ歌碑があり、「幾千代の栄を古めて 国安らふ可みの御前に植し常盤木 明治19年9月11日 安藤直清 61才」とある。惜しまれることには、常盤木と詠まれた松は、株だけ残して今は存在していない。
 鳥居をくぐり、広戸川に沿って木立の参道を百数十メートルほど下ると、真宮神社の境内に至る。神社は、新宮山の南山麓の林の中に鎮座し、背後に巨大な岩壁がそそり立っており、一見して古代の磐座を想起させる環境にある。新宮城の築城以前から、新宮山が「神の山」と呼ばれていた所以であろう。

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因幡往来に隣接 山王権現を祀る日吉神社

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日吉神社は聞き伝えによると、滋賀県の日吉大社から持って帰ったと言われています。大国主命の弟をお祀りしているとのことでした。太田町内会の宮総代の下山清さんは「昔は廻り舞台もあったが、終戦後に壊したのではないかと思います。そして、参道脇にはワラ家があって賑やかでした。また、日吉神社はすもうの神様なので境内には土俵があり、よく相撲をしていました。」とお話くださいました。日吉神社には記録も紛失して残っておらず、しかも荒れ放題だったのを下山さん達皆で立て直されたそうです。日吉神社は、川崎太田、玉琳、飯綱、東野介代、野介代東分の各町内会が氏子だそうです。毎年7月13日には「お湯立て」があるそうです。2011年10月16日取材

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田熊八幡宮の廻り舞台

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 重要有形民俗文化財「田熊の舞台保存修理工事報告書/田熊八幡神社」より

竣工 境内全景(正面に舞台、その西側(下手)に花道が拝殿に続く)

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 左より舞台・花道・外観・舞台部内部(西から)・奈落部内部(西から)

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 皿回し式廻り舞台(盆を足で蹴って踏みまわす)・回転機構(横から)・回転装置(南からみる)

国の重要有形文化財に指定(昭和50年9月)されている「田熊の舞台」は明治4年(1871)の建築であり、明治・大正・昭和と娯楽の場として利用されて来ましたが、戦後の娯楽指向の変化によってその利用がされず、建築後およそ130年が経過し、傷みが進んで倒壊が危ぶまれる状態でしたが、先祖が残してくれた町内では唯一の文化財であること等、町民の皆様の理解が高まり、特に町外に在住されている田熊出身者の賛同も得られ、最終的には、目標額を超える多額の浄財が寄せられ、平成16年12月に竣工しました。

★2009年の取材はこちらからどうぞ津山国際総合音楽祭

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大隅神社の秋まつり

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2011年10月16日(日)大隅神社の秋の大祭がありました。秋晴れの中威勢よく町内を練り歩きました。大隅神社の御輿は天保13年に造られたもので、160年経っています。昨年修復されて生まれ変わりました。御神輿さまの四隅についているのは、小鳥(燕)、うさぎの絵は、因幡の白兎だそうです。

また、大隅神社には昭徳館「参集殿」があり、 昔はお参りする時に皆さんが集まる所で「おこもり殿」として使用されていたようです。※過去の取材記事はこちら 上記の写真提供:津山市秘書広報室

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白加美神社の秋まつり

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平成23年10月16日(日)津山市小田中の白加美神社(しらかみじんじゃ)の秋祭りがありました。※過去の取材はこちらから

白加美神社縁起(約1220年前)
人皇第44代元正天皇(奈良時代)の御宇当国戸川の宿の北に現在地美しい五色の虹が輝き渡った。苫田縣主通憲が驚いて里人にその所を掘らしたところ数尺も掘らないうちに神代の霊物と思われる、とても美しい璽(たま)が出た。その時忽然としてひとりの老翁が現われ告げるには我はこの月輪田原に居る神である。
この所に降居して久しいが、国人はまだこの地が霊地であること知らない汝を見るに心浄く性直で民を撫し敬神の念篤く「我は汝の誠心に感じ入っている。。※過去の取材はこちらから

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2011年10月のイナバ化粧品店と川崎八幡だんじり

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2011年10月15日(土)小雨が降る中を川崎八幡宮のだんじりが、子供たちを乗せてイナバ化粧品店の前を勢いよく走っていきました。途中から土砂降りになり急遽コースを変更しておられました。(この日は宵祭り)

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高田神社の秋まつり

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平成23年10月9日(日)

高田神社(たかたじんじゃ)は上横野と下横野地区の氏神様で、獅子舞は岡山県指定重要無形民俗文化財です。
「高田神社の獅子舞は、伝承によると、和銅6年(713)に美作国府が開設されて以来、毎年9月9日に美作11社の神々が総社に神幸した時からこれに加わっていたといわれている。
文化・文政から明治期にかけては、とくに盛んで人々に悪魔払いとして信仰を受けて来ている。獅子舞には古くから獅子頭と呼ばれる指揮者がおり、これは獅子を使う技術や人物を見込んで氏子たちが選出した人で、現在では、上が勤めている。
獅子舞の構成は、笛8人、太鼓4人、獅子10ないし12人が一頭にはいることになっている。舞方は最初神社に向かって左側に雄、右側に雌を対置させて二頭の獅子を眠った状態にして置く。次いで、最初の笛、太鼓の音に獅子は目を覚まして耳をそば立たせ、やがて生けるがごとくにらみ合い、右に進み左に退きいどみ合う。これを地ねりという。それから、御旅所に行き、道中においては先ぬけの役目を果たしながら木殿の前に帰って来る。最後は、獅子と称して立ち上がり雌雄双方寄りそっては、かみ合い、睦み合いながら、笛、太鼓のテンポが一段と早くなるのを起点としてすさまじい勢いで拝殿に突進するのである。これを練り込みと称し、獅子舞のフィナーレをかざるものである。現在は、毎年10月第2日曜日の秋祭に舞われている。」高田神社案内板より

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鶴山八幡宮の秋祭り

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鶴山八幡宮(八子の八幡様・つるやまはちまんぐう)で2011年10月10日(月)秋季大祭がありました。鶴山八幡宮は森家代々ゆかりの深い神社で、 現在津山地方北部の大土産神です。本殿は国指定重要文化財になっています。過去のレポートはこちらをご覧ください。

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