日本一の石の鳥居と蒜山 郷原宿探訪(真庭市)

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郷原漆器のふるさと 郷原(ごうばら)宿(岡山県指定重要無形民俗文化財)
  郷原宿(真庭市蒜山西茅部)は、美作・伯耆両国を結び、大山参詣や牛馬市へ向かう人々が盛んに行き交った「大山みち」の宿場町で、戦前まで盛んに作られていた「郷原漆器」の産地集落として広く知られています。
 郷原漆器は主に栗の木を使い、輪切りにした生木をろくろで挽く独特な製法で椀や皿を作る実用的な製品です。その始まりは明徳4年(1393)など諸説がありますが、江戸時代には漆器の産地として広く知られ、地元勝山藩でも特産品として着目されています。
 技術改善や購買組合の設立で、大正時代末に生産量は最高に達しましたが、戦争による物資統制などで衰退、昭和20年(1945)の終戦ののち、まもなく伝統的な漆器生産は一度終焉を迎えました。
 そうしたなか、昭和時代末から始まった漆器復興の取り組みは、平成4年(1992)の「郷原漆器生産振興会」設立、岡山県からの郷土伝統的工芸品への指定、同8年の拠点施設「郷原漆器の館」(蒜山上福田)建設につながり、同18年には生産振興会の保持する製作技術が民俗技術として県下で初めて重要無形民俗文化財の指定を受けるなど高く評価され、蒜山地域に新たな活力を生み、さまざまな可能性の広がりを見せつつあります。
真庭市教育委員会 (文:現地看板より)(2020年8月22日撮影)

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茅部神社大鳥居(真庭市指定文化財 建造物)
 1860年(安政七)正月、茅部神社の氏子石賀理左文、友金宇平は、近江の多賀神社に参拝した時、同神社の石鳥居が日本一だと聞き、これより大きいものを地元に造り日本一にしようと考え、実測して帰った。3年後の文久3年にその願いを果たしたという。
 石材は茅部神社のある岩倉山の花崗岩である。
 石工は、伯耆国倉吉(現倉吉市)の横山直三郎、郷原在住の米倉鉄造の二人が腕をふるったようである。
 二本の柱と笠木・島木・貫・額束で組み立てた明神型鳥居で、柱は地中に基礎をつくって下部を深く埋め地上の長さ約11.45m、直径約1.20m、下部約3mを別石で十二角に仕上げ、その上に円柱を継ぎ接合点は鉄の鎹(すがい)でとめてある。地上から笠木の上端までの全高約13.8mであったが、何度かの補修で下部を埋め立てたため、現在の大きさは図のようになっている。

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現地案内板                   アメリカ芙蓉の花が美しく咲いている。

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郷原宿

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牛馬繁石のある家                石風呂
 郷原宿の中央付近の谷田家の前には、往来する牛馬の休憩のため、繁石が残っている。その先には、石風呂石(馬の裏返しの字が刻んである)が据えてある。

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念仏道しるべ石
 延助宿の中の町角に、念仏道しるべがあります。高さ1.9m 30cm角
右 いせ道 左 くらよし道 明和5年(1769)子年 施主 法華順治良 柴田太兵衛

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往時の雰囲気が感じられる素敵な通りです。

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通りには可愛いひまわりの花が咲いていました。

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郷原宿の近くの牛舎から覗いている姿が可愛い。  スイカがゴロゴロありました。

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道の駅・風の家前のひまわり畑          蒜山高原

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米子自動車道の蒜山高原サービスエリア(上り線)から望む大山、上蒜山、中蒜山、下蒜山と連なる「蒜山三座」大山が霞んでいます。

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蒜山三座の麓に広がる蒜山高原のパノラマを見ることができます。

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蒜山三座