植月城跡(小山城)(宮山城)勝央町

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 植月城跡 勝田郡勝央町植月中字小山(岡山の中世城館跡) 
永正九年(1512)宮山城と改名する。10㍍余りの高台のうえにあり、本丸は一三間×一三間、二の丸は一八間×一八間、北側に約一間半の築地が現存する。
 菅原満佐の四男公興が宝治2年(1248)、植月、広野の地頭職となった時築城したといわれ、植月一族の本城である。城主は公興ー安嗣ー重嗣ー重佐ー重長ー重可ー可直ー佐豊ー基可ー重直ー重豊ー重政ー基佐ー能佐ー佐峻ー佐教。
 四代重佐は菅家一族とともに京都六波羅討伐に出陣戦死す。この功で大正5年正五位の追賞をうける。(城跡に記念碑が立つ)永正9年城主基佐は、日吉神社を現在地に遷座し、本城も宮山城と改名する。三星城に味方し出陣するも、城主佐教をはじめ多くの一族戦死する。城は岡豊前守が接収、城主となる。毎年4月8日、植月一族城跡に集まり、先祖供養を盛大に行っている。(文:『勝央町誌』より)(2018年8月18日撮影)

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地元の中学3年生の植月君に案内してもらいました。

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植月君から学んだことは、城跡から去る時もちゃんとお辞儀をしていたことです。素晴らしいと感心しました。

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宮山城址に立つ石碑

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宮山城址に立つ石碑

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植月彦五郎重佐顕彰碑

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植月彦五郎重佐650年祭記念碑          石碑

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この井戸に近づいてはいけないとおばぁちゃんから言われていたそうです。かなり深い井戸なんでしょうね。


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植月一族の祀られている祠

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案内していただきました。

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植月先祖が祀られている墓地