布施神社のお田植祭(鏡野)

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 江戸時代の記録によれば「神田植(かみたうえ)」とよばれており、毎年5月5日に布施神社の境内で行われる豊作を祈る祭りです。「荒起こし」「しろかき」「くわじろ」「田植え」の神事が繰り広げられ、最後に殿様と従者(福太郎)が登場して、おもしろいしぐさを演じます。殿様と福太郎のかけあいがくり広げられ、見物人は笑いに包まれます。しかし、殿様は決して笑いません。「殿様が笑うと、その年は不作になる」と言われているからです。(文:『守ろう地域の宝!民族芸能~美作編~』より)(2019年5月5日撮影)岡山県重要民俗文化財

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太鼓の合図で始まりました。           町長の挨拶

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お田植祭の始まりです。     田植歌が始まり、ウシンガーで荒越こしします。

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くわじろを作ります。              土を均します。

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ならします。                  稲を運びます。

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早乙女が田に入ります。             田植が始まります。

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早乙女による田植です。

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午後から、布施神社の境内にて神事が始まりました。
布施神社のお田植祭
毎年五月五日
布施神社のお田植祭は、豊作を祈願する神事で古くから受け継がれている。

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獅子練り
獅子練りは、神田植の行われる場所を浄めるとともに豊作を祈願するために邪気を追い払うのである。
獅子は2体で青年が3人ずつ入り、太刀使いの少年が1人ずつつく。太鼓、笛の囃子に合せ、境内を東西南北に勢いよく練り浄める。

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獅子練りです。

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荒起(あらおこ)し・代掻(しろか)き
新しい牛鍬(うしんが)・馬鍬(まんが)を葉のついた青竹を引綱代わりに、牛に扮する少年がそれぞれ2人で引っ張る。
牛使いは、それぞれ男1人が榊(さかき)の小枝をもち「アイシ、アイシ、キョイ、キョイ」のかけ声で境内を駆け抜ける。アッと云う間に終わる。農民にとって重労働であるこの作業を早く終えたい願をこめている。

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しろかき                    

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鍬代(くわしろ)
年配の2人の男が和服姿に尻からげ、白襷(しろたすき)をかけ新しい鍬(くわ)を神前に向かって捧げ拝礼し、畦畔(あぜ)ぬり、鍬代のの仕草、腰のどうらんから煙管(きせる)で一服、鍬の柄に寄りかかり、春の日長でいねむりをする動作は、のどかな農村の風景をかもしだしている。
日が西に傾く頃、水の調整を終わり、帰りを急ぐかの様に退場する。

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田植 
男たち十数人が太鼓を先頭に、持っている榊の葉をちぎっては撒く。一人が「双徳神(そうとくがみ)は植えさせ給(たま)えのう」と繰り返し歌い、一団は「ヨイ、ヨイ」と調子を合わせる。田植えが終わり男達の持っている榊の葉が残っていると、この年の苗の出来は良いといわれる。

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行事の敬固
「さいか」と呼ばれる法被姿の男が青竹を持ち、境内の警戒、行事の敬固に当たる。
殿様出場の時は参拝者、見物人全員に脱帽させる。

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殿様と福太郎 
殿様が福太郎を従え拝殿から出場する。設けられた席の周囲を三回廻り、福太郎は傘をさしかけ、それに従うも天候が気にかかる。殿様は口上を大声でのべ中央に着座す。福太郎は飯を椀(わん)に山盛りにして、殿様に食べさせようとするが食べない。苦心の末ようやく殿さまが口を開けると、途端に福太郎は食べて喉につかえ苦しむ。(この間福太郎の滑稽(こっけい)な所作に見物人は大笑いするが、殿様は決して笑ってはいけない。殿様が笑うとその年は不作と伝えられる。)殿様は座席を廻り拝殿に入り、めでたく神事が終わる。
殿様は布施の神となり、新殻を農民が食べるのを見とどけ、山に帰り山の神として農民に幸を与えるのである。

殿様の口上
「上千町は坪に早稲」
「中千町は坪に中稲」
「下千町は坪に晩稲、一丈二尺の殻出来、八寸の刈株、一尺二寸の稲穂、一寸二分の籾、八分の米、後、水口頼む福太郎」
(文:布施神社のお田植祭リーフレットより)

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布施神社です。