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〔谷崎潤一郎〕今田屋旅館へ移る。(速日神社前)

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▲ここで(速日神社)谷崎潤一郎さんが家族で写真を撮っている。
現在この川では鯉が泳いでいて、下流では今でもシジミが採れるそうです。(2012.5.10取材)


昭和20年 12月29日 城内の今田屋旅館へ移る。
昭和21年(1946) 1月 1日 渡辺明氏が夥しい北海道の土産を持ってくる。 
1月 30日 津山の闇市に行き、今津屋橋南で1パイ5円のぜんざいを食べる。   
3月 6日 刑部に疎開していた内田巌画伯が逗留し、谷崎の肖像画を描く。
3月16日 京都へ引き上げるために上洛する。
5月 末 水島宅で送別会をしてもらい、家族ともども京都へ帰る。
8月初め 再び勝山に来て今田屋旅館で「細雪下巻」執筆、荷物を整理して勝山を離れる。


小野はるさんと何かあったらしく、今田ツネさんの所(もと今田屋旅館)に引っ越した。(2階が8畳3間と6畳6間を全部借り切って執筆していた。)
(文:郷土博物館)

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ここで写真を撮ったり、散歩したり、いつも見ていた景色でしょう。
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真庭市勝山支局の前の今田屋旅館(現手前のブロック塀のお宅)に移って来た。ここが静かで気に入ったので、3月いっぱいいたそうです。帰ってからも度々尋ねて来られたそうです。
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元今田屋旅館さんの裏側から旭川を望む。
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▲春樹順子さん曰く「私が子供の頃、当時は珍しい白の割烹前掛けをして、籐の籠を持って買い物をされていたのをよく見かけました。昔は、この道もとても狭い道で、この辺りはお店があったんですよ、隣は乾物屋さんでした。」とお話くださいました。
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ここには軍役所と裁判所があったそうです。
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石柱(道しるべ)                     酒蔵(いつもの散歩道)です。
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谷崎さんは城山(左)と太鼓山(右)を眺めて小京都のようだと言っている。
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勝山郷土博物館に谷崎さんの展示物があります。


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前田さんです。お菓子屋さんで94歳だそうです。お訊ねした時、4月に亡くなった辻本店のご主人と親しかったそうで「辻さんが亡くなってとても寂しくて残念でなりません。」とお話されていました。
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唐竹蘭というそうです。                 紺ロウバイだそうです。初めて見ました。