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神崎屋敷跡(神崎与五郎則安の両親の墓)

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 神崎家は備前和気郡の出身。浦上家の同族と伝承される。祖父三郎兵衛茂範が森藩の値段奉行となり津山南新座に移る。
 神崎与五郎則安 赤穂浪士四十七士の一人(竹平と号す)
 父 又市光則(後半右衛門と改名)値段奉行十三石三人扶持
   元禄3年(1690)ごろ浪人し黒土に移住、寺子屋を開く
 母 先妻死後、勝間田下山六郎兵衛の娘
   寛文6年(1666)津山で生まれ津山藩に仕え父と共に藩を辞し黒土に移る。年代は不詳であるが五   両三人扶持五石(役料)
 父墓碑 本然院理空猶水居士
     享保2年(1717)8月2日 光則・光隆建之 
 母墓碑 悟心妙徹信尼
     享保15年(1730)9月8日 妻76才 光隆建之 
「光隆」については諸説あるが与五郎の弟と推定される。
昭和61年3月 勝央町文化財保護委員会・勝央ライオンズクラブ(文:案内板より)(2016年2月3日撮影)

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御親切に案内くださいました。

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神崎家墓地(現在は下山さんがお祀りしているという)(勝央町黒土702-3)

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父母の墓

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神崎与五郎則安の両親の墓             屋敷跡の一部

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広大な屋敷があったそうです。