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土師山 無量壽院 圓福寺(美作市)

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土師山 無量壽院 圓福寺
 寺伝によると、天平11年(739)に行基菩薩が聖武天皇の勅により開創、自ら一刀三礼の本尊無量壽如来と観音・勢至の脇仏を刻み安置されました。
 住古は、堂塔伽藍の整った大刹でありましたが、戦国乱世に兵火により、そのすべてを失いました。
 十六世紀の中頃、宇喜多直家の時代に再興され、ほぼ旧容に復興されましたが、明和5年(1768)並びに明治2年、火災に遭い、明治初期以来再建され、昭和59年に本堂、平成10年に庫裏・客殿が建立されました。
四国八十八ヶ所霊場
 境内より、約八百メートルで一周できる、四国八十八ヶ所霊場を平成12年に開創しました。各札所のご本尊を舟形の石造仏にしてお祀りしています。
 山中ですが、道中に芝桜や紫陽花等の草花や桜・紅葉を植樹し、修行大師もお祀りしています。
(文:『高野山真言宗美作霊場めぐり』より)(2021年9月19日撮影)

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蒜山インター近くの「道の駅 風の家」裏のコスモス畑

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蒜山インター近くの道の駅 風の家」裏のコスモス畑が綺麗だったので撮ってきました。
 2021年10月23日 少し曇り空だったのですが、真庭市蒜山までドライブしてきました。その途中にある「道の駅 風の家」で休憩をしようという事になり、立ち寄ってきました。ここは蒜山大根をはじめ、旬の野菜が安くて買えるという事で知られています。その風の家の裏の方へとぞろぞろ向かう買い物客に着いていくと、可愛く咲いているコスモスに出会いました。

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岡尾山 普門院 真休寺(美作市)

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岡尾山 普門院 真休寺(しんきゅうじ)
 行基菩薩の開祖といわれる真休寺は、初めは現在の美作市大山の山頂にあり、大山普門院といいました。しかし天正7年(1579)戦火に遭い、現在の所在地の美作市位田に移りました。
 初代院王は隆伝上人といい、明暦年間に住坊を造営、岡尾山普門院真休寺と名付けられました。
 昭和49年、檀信徒の篤い信仰心により本堂・庫裏の再建がなりました。その後も大師堂・山門・庫裏建立と整備が進み現在に至っています。
 境内には桜、紫や白の藤、紫陽花、石楠花、紅葉が植えられ、花の寺として四季折々を彩ります。(文:『高野山真言宗美作霊場めぐり』より)(2021年9月20日撮影)

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瑞應山 寶珠院 蔵寶寺(美作市)

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瑞應山 寶珠院 蔵寶寺
 当山は、天平年間に行基菩薩によって開創されました。
 行基は時の帝であった聖武天皇が発願された東大寺大仏建立の勧進のため、当地に錫を向けられました。その際、宿を乞うあてもなく夜を迎え、野宿をされました。行基は旅の疲れのためすぐに眠りにつきましたが、ふと感じるところがあり目を開けられると、眼前に光明燦然(さんぜん)と輝く明星がありました。よくよく目をこらして見てますと、それは虚空蔵菩薩でありました。
 福徳を授けて下さる虚空蔵菩薩がご出現下さるとは、帝の御願成就の瑞祥とありがたく思われました。行基はご出現下さった虚空蔵菩薩のお姿を、自ら一刀三礼して木に刻み、庵を建立し御本尊とされました。
 以来、里人の心の拠り所として信仰を集め、今も日々香煙の絶えることがありません。
 弘仁年間、弘法大師もこの庵に立ち寄られ、それ以来、真言秘密の法門が当地に伝えられるようになりました。
 そして安土桃山時代の文禄年間に、行基が建立した庵の地より、約400m北方の現在の境内地に移転し、今に至っています。
 近年、境内にあるイチョウとモミジの古木の、黄色と紅色の紅葉のコントラストの妙趣は一見の価値ありと、参拝される方々に喜ばれています。
 また、境内はオキナグサやササユリ等の山野草を始め、シャクナゲ、ハス等の花々が四季を通して境内を彩っています。(文:『高野山真言宗美作霊場めぐり』より)(2021年10月9日撮影)

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佛頂山 圓明寺(美作市)

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佛頂山 圓明寺
 当山は昔、現在の美作市古町の八幡に在り、八幡山圓明寺と称していました。慶応3年(1867)7月24日火災に遭い、堂宇はもとより、本尊、寺宝、什器の大部分を焼失。明治13年(1880)、当時の住職庵智照上人により、現在の地に移転しました。
 現在の地には、華山院入覺法皇が創立した、佛頂山慈眼寺が在りました。兵火により焼失し、元禄14年(1701)生駒の宝山寺より来られた深龍大和尚により、佛頂山光明庵を建立されました。
 明治13年に慈眼寺と圓明寺を合併し、慈眼寺の堂宇をそのまま使用し、山号は慈眼寺の佛頂山、寺号は圓明寺をとり、佛頂山圓明寺と改称しました。これが現在の寺です。(文:『高野山真言宗美作霊場めぐり』より)(2021年10月9日撮影)

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寶壽山浄光院 觀音寺(美咲町)

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 当山は、高貴山相傅寺第九世圓教僧都が、寛仁4年(1020)に、隠居寺として岡之坊遍照院を建立したのが始まりです。
 文安元年(1444)、兵火のため相傅寺焼失の際に、本尊であった六観音のうち、焼失を免れた十一面観世音菩薩を遷(うつ)して、法雲山観音寺と寺号を改めました。初代は宥快僧正です。
 庚正2年(1456)8月19日、第三世密厳上人が遷化した夜に失火により焼失しました。当時は、戦国時代でなかなか再建できずに廃寺となろうとしていたのを、明応9年(1500)に地頭職であった浦上左馬之助行重が、京都より俊玄増正を招き再建立しました。
 その後も、再三にわたって兵火や失火により焼失しましたが、嘉永6年(1853)に、中興第一世戒光法師が再建し、山号を寶壽山と改めました。
 再建立の年が、庚申の年に縁あるをもって、庚申(青面金剛)を勧請して鎮守としています。
 平成16年、現在の本堂と檀徒会館を建立し、平成19年に五大明王堂の新建立、鎮守堂の移転や境内整備を行い、今日に至っています。(文:『高野山真言宗美作霊場めぐり』より)(2021年9月20日撮影)

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金龍山 江原寺(美咲町)

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金龍山 江原寺(こうげんじ)
 当山は、応永年間頃(1394~1415)の創建にかかり、「徳蔵坊」と号する修験寺でした。
 慶長3年(1598)、領主・江原兵庫祐親次が、慶長の役で朝鮮出兵の折、釜山浦で病死したため、家臣がその遺命を受け、遺骸を持ち帰り、当坊に葬りました。同時に当坊の相応の荘厳を図って「江原寺」と改称し、江原氏の菩提寺としました。(文:『高野山真言宗美作霊場めぐり』より)(2021年10月2日撮影)

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清瀧山 善性院 榮徳寺(美作市)

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第四番 清瀧山 善性院 榮徳寺
 当山は、天平年間の八世紀半ば、行基菩薩による開山です。
 行基は、元境内近くにある清流に心を引かれ、瀧の側に草庵を結びました。行基草庵の仏堂と弘法大師創建と合わせて、清瀧山榮徳寺と号されました。その後、火災により二回境内を変更しました。
 また、境内に隣接する清瀧に沿って険しい七曲りを登ると奥の院観音堂がありました。十一面観音菩薩は行基の作と伝えられていますが、昭和五十八年に、その観音堂も現本堂山側に移転されました。(文:『高野山真言宗美作霊場めぐり』より)(2021年9月19日撮影)

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壇上山 清浄院 神宮寺(美作市)

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 当山は天平7年(735)の秋、行基菩薩が梶並の地を巡錫した時、梶並神社の境内が誠に美しく、清らかな霊地であることに深く感銘し、この境内に薬師堂を建立し、別に一寺を建て、これを神宮寺と名付けたと伝えられています。
 当時は仏教の興隆が盛んで、神仏同体説が唱えられました。大日如来は天照大神、阿弥陀如来は八幡神の如く、神を権現菩薩と唱え、僧侶は別当職として神事に参加し、神社の実権を分担し法業として神前に読経する風習が行われていました。
 享保元年(1716)、幕府の宗門改革により、薬師堂は磯神社と改め、神宮寺は大日庵という山伏寺のあった現在の地に移しました。
 また、津山城主・森忠政が当山の清浄なるに感じ、香水山と名付けたと、作州誌に書かれています。
 近年は、檀信徒の協力のもと石垣改修、客殿新築等、境内の整備に努めております。
 また境内のしだれ桜は見事で、遠くからも多くの観光客が訪れています。
(文:『高野山真言宗美作霊場めぐり』より)(2021年10月9日撮影)

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植月英俊作品展 県北の風に吹かれて

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 岡山県県北にて長年、作家活動・芸術教育に尽力した画家。植月英俊氏。2016年に胆管癌であまりにも早い死を迎えますが、生前は画家としても教育者としても多くの後進を育て、岡山県県北における芸術の礎を先頭を切って築きました。
 今回は晩年の作品を中心に、スイスの教育思想家の名を掲げる鏡野町「ペスタロッチ館」と夭折の作家の展示をコンセプトとする「かがもの近代美術館」にて、植月氏が好んだボブ・ディランの名曲からオマージュ「県北の風に吹かれて」と称し、展示致します。
主催:OKUTSU芸術祭実行委員会
 第一期 2021年10月3日~10月10日 鏡野ペスタロッチ館ギャラリー
 第二基 2021年10月26日~11月21日 かがみの近代美術館

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