地域別

第3回 広野子ども歌舞伎 2025

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2025年11月1日(土)13:00 開演。田熊の舞台(田熊八幡神社境内)で「第3回公演 広野子ども歌舞伎」(主催:広野子ども歌舞伎教室、広野子ども歌舞伎実行委員会)が行われました。
 地域の文化であった農村歌舞伎(地下芝居・地芸芝居)を、地域の小中学校児童生徒によって復活継承させる取り組みで、子どもたちが、地域の大人達の手を借りて、歌舞伎の稽古や公演準備等を行ってきました。当日は弁天娘女男白波を上演します。懸命な稽古の結果を是非ご覧ください。(文:広野子ども歌舞伎実行委員会)
 急いで駆けつけるもオープニングの★八幡ふれあい太鼓さんの演奏に間に合わなくて残念!
広野子ども歌舞伎 第1回公演)(広野子ども歌舞伎 第2回公演

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2025 因美線「美作滝尾駅」の秋

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 因美線「美作滝尾駅」の移ろいゆく秋を撮ってみました。
 戦前に建築された古い木造平屋作りの駅舎は「男はつらいよ」シリーズの最終作となった「男はつらいよ 寅次郎紅の花」の冒頭のシーンに登場し、駅前には映画の撮影が行われたことを記念した碑も建てられています。(2008年11月に登録有形文化財に登録されております。)
寅さん最後の姿を映した駅舎でした。(2016年5月15日の取材はこちら

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高倉のコスモスロードと綾部のコスモス畑

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 津山市下高倉西の県道345号線沿いのコスモスが毎年美しく咲いてくれます。それを見るのが楽しみでこの道を通っています。県道から高倉神社に行く道路脇にも毎年沢山のコスモスが咲きます。お手入れをする皆さんに感謝です。また、津山市綾部の津山智頭八東線の道路添いのコスモス畑にも立ち寄って写真を撮らせていただきました。ここも毎年綺麗に咲いて私たちを楽しませてくれます。本当にお世話する皆さんありがとうございます。(2025年10月23日撮影)

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名勝 神代の鬼の穴・龍宮岩

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名勝 神代の鬼の穴・龍宮岩
 新庄川の清流に洗われた雪白の石灰岩が、長年の浸食により様々な奇岩を創り出し、その景観はあたかも龍宮を思わせるところから「龍宮岩」と呼ばれている。
 河中の岩には数多の小洞窟があり、流水は或いは激流となり吸い込まれ、或いは噴出して渦巻きを生じ、深い淵には紺碧の水を湛え龍宮の名に背かない。
 これより二百メートル下流、左岸に「鬼清水」がある。夏でも摂氏十二度の冷泉は作西の三清水の一つと云われ、出雲の国の松平不昧公が参勤交代のおり愛飲されたと伝えられる。
 国道側の石灰岩壁には「鬼の穴」があり、五十メートル程入ることができる。洞内には明治維新の際、山陰鎮撫総監の西園寺公望公が通過の折に書かれた壁書が刻まれており、また、イシノミの一種、トビムシの一種、ヤスデの一種、その他小動物の生息が確認さ れている。
 この一帯は真庭市指定名勝地となっている。真庭市(文:現地パネルより転載)(2025年7月9日撮影)

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大井東地域づくり協議会「童謡と漫談を楽しむ会」

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 2025年9月20日(土)大井東ふれあい学習館にて「みんなで歌う!懐かしの童謡」「笑って健康!楽しい漫談 夢小路あきまろ」がありました。ふるさと、赤とんぼ、上を向いて歩こうなど懐かしい童謡をみんなで歌ったり、夢小路あきまろさんの楽しい漫談で笑ったり、日々の疲れを癒し笑顔になっていただき、心温まるひと時を過ごしていただきたいと企画されたものだそうです。私は別の会で寄らせていただいたのですが、お誘いを受けて途中から参加させていただきました。お陰様でとっても楽しく過ごさせていただき、また沢山の親切を頂き、その上美味しいカレーまで味わうことが出来て心が温まり元気が出ました。

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能義山法福寺観音堂(加茂郷88ヶ所霊場番外札所 番外)

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 当寺は公郷字高場にあって能義山法福寺の奥の院であり、聖観音を本尊とする。
 宝永6年(1709)の本堂扁額「能義山法福寺略縁起」によれば、開基は伝教大師最澄(767~822)と伝え、天文年中(1532~54)に山下村高山城主草苅加賀守衡継が寺領31石を寄付し、また大伽藍があったが、戦国の兵火によって本尊を除いて堂塔寺院一宇残さず焼失した。そして宝永6年(1709)に再興が完成したことを記している。(『東作誌』)。以降、西国「八十八ヶ所第16番とし、高場の観音と称し、霊験効しと群参」した(『東作誌』)しかし甲州の人、僧覚心が来住した頃ーおそらく天明2年(1782)大飢饉の前後と思われるが―は、寺は荒廃して「孤梟の栖」となっていた。覚心は「自ら土木を曳、石を荷ひ土を運び、他力を不借千辛万苦して功業を励」み「余力を以て近村隣村の道橋を埋」(『東作誌』)め、寺の再興の原動力となり、また村民によって堂宇が再建立され、奉献された(「軒札」、「飛地境内仏堂誤脱編入願」)覚心は「文化の初年寂すいへとも民今に至て徳を称す」と『東作誌』は書いているが、文化8年(1811)の石灯籠の願主は覚心であり(「飛地境内仏堂誤脱編入願」)覚心の死はその前後であろう。
 法福寺が公郷寺の「飛地境内仏堂」としての地位は寛政9年(1797)の法福寺鐘銘および完成12年(1800)の法福寺軒札が「菊水山公郷寺現在 権大僧都堅者法印霊怱謹誌焉」と記されていることに示されている。明治初年に登録もれがあり、明治41年に「公郷寺飛地境内仏堂」として願い出て、公郷寺に所属するものと認められた。
本尊聖観世音菩薩坐像は、『東作誌』に記され、伝教大師作と伝えられ、元県指定文化財であった。(文『加茂町史本編』より転載)

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瑠璃山日光院 真福寺薬師堂(加茂郷88ヶ所霊場第66番札所)

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 瑠璃山日光院真福寺薬師堂(加茂郷88ヶ所霊場第66番札所)は、加茂町行重坂元地内にあり、貝尾と青山の分岐点近くにある真言宗のお寺です。本尊は薬師如来です。(2012年4月17日取材撮影)

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風神社(奈義町)

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風神社 (祭神 :龍田神社・・・天御柱命・国御柱命)
    (祭神 :八坂神社・・・素盞鳴尊)
由緒:横仙地方(奈義町・勝北町)は、昔から広戸風(台風時期)と呼ばれる局地的強風が、 毎年のように吹き荒れる。これを鎮めるため、この地に奈良県生駒郡の龍田大社(風の宮)及び、京都市東山の祇園神社から御分霊を勧請した。 神社創建の時期は定かでないが 19世紀の初め頃か、と思われる。
横仙一帯の敬者らにより、龍田様または祇園様とも呼ばれているが 1952年 [風神社] という名称で神社本庁に提出された。
1997年国道53号の道路拡張に伴い、全社地が買取され、その南50 メートルの現在地に、同年7月28日 神社の新築移転が完成した。(文:現地案内板より転記)(2025年7月13日撮影)

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物見北観音堂(加茂郷88ヶ所霊場第27番札所)

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 物見北観音堂(加茂郷88ヶ所霊場第27番札所)は、加茂町物見北土居の民家の下にあります。物見に入りすぐの左奥にある土壁、トタン葺きです。本尊は千手観音です。
 昔から百万遍供養(数珠回し)が行われ、物見部落の各戸を回って供養が行われていた。終戦後一時中止したが復活し、今は毎年8月吉日に物見町内会が物見老人会に委託して行われている。

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