地域別

津川ダムの紅葉 2022(1)

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 2022年11月7日の津川ダムの初々しい紅葉です。
津山中心部から約40分くらいで行けるところで、岩盤に生えた木々が色づいてきていて綺麗でした。今でも美しいのですが、もう少し先に来れば更に美しい景色と出会えると思います。
 ダム下流のふれあい広場にはキャンプ場があり、夏には家族連れがバーベキューなどで楽しんでおられにぎやかです。

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コキアのある風景(平福)

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 2022年10月27日皿川沿いの真っ赤に染まったコキアが見ごろを迎えていました。
津山市平福にある佐良山公民館近くの皿川沿いで、美しく紅葉したコキアを眺めたり、写真に収めたり道行く人々を和ませています。
 コキアは、観賞期間が長く、春には青々として円錐形の整った形で生育し、秋には紅葉して美しく色づき、明るくさわやかな印象を受ける春まき一年草です。ホウキギの和名のとおり、刈り取って陰干しして、草ボウキをつくるのに利用されます。ホウキにして庭を掃くと落ち葉などを簡単に掃くことができ、私のお気に入りです。

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蒜山の戦争遺跡を訪ねて

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2022年8月25日(木)美作歴史ネットの地域研修会があり、参加してきました。
 さて、今年で最後となる地域研修は、真庭市蒜山原の戦争遺跡を訪ねることにしました。蒜山原には、古くは明治35年(1902)から大正6年(1917)まで置かれていた陸軍軍馬育成場、そして昭和10年(1935)から同20年(1945)まで秘かに軍事訓練が行われた蒜山原陸軍演習場がありました。これらに関する遺構は、戦後77年を経た現在も往時の面影を留めてくれています。演習場の実態に少しでも触れ、先人の大戦を再考する機会にしていただければと思います。(文:橋本惣司会長)


蒜山高原と戦争
 1935年(昭和10年)から終戦までの1945年(昭和20年)にかけて、蒜山高原には陸軍の演習場がありました。日中戦争と太平洋戦争の時代です。演習場とは、実際の戦争を想定して訓練する場所のことです。当時、蒜山原陸軍演習場は日本一の規模でした。観光地として知られる蒜山高原ですが、戦時中は戦車や砲弾を用いた大規模な模擬戦争、毒ガス使用、射撃や行軍(こうぐん)など厳しい訓練が、昼夜行われていました。蒜山には当時の遺跡がいくつか残されています。

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早栃阿弥陀堂と大高下大師堂(加茂郷88ヶ所霊場)

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早栃阿弥陀堂(加茂郷88ヶ所霊場第24番札所)
 創建年代は不詳である。明治5年高福寺によって再建の法要が営まれている。西向山極楽禅刹(寺)と伝え、屋根は寄せ棟萱葺きであったが昭和30年代にトタン葺きとしている。
 お籠りや数珠まわしも行われていたが、数珠まわしは堂内が狭いので、中でちょっとまわしてあとはかついで外でまわしていた。ここも加茂谷88ヶ所霊場の一つとされ、阿波村内巡礼の最後の場所となっていた。本尊は阿弥陀如来(木彫蓮華台立像金色、高さ52㎝を厨子に納める)(文:『阿波村誌』より)(2020年11月14日撮影)2022年現在は大高下薬師堂も合祀されているようです。

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2022年秋の甲本バラ園

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 2022年10月18日に津山市領家1163-6にある甲本通晴さん宅のバラ園をお尋ねしてきました。
お電話いただき、急遽、駆けつけてみると咲き始めたバラ達が元気よく出迎えてくれました。今年は、秋に沢山咲くようにと剪定をされたそうです。昨年より沢山の花で蕾も多く感じられました。
爽やかな秋晴れの中、バラの花に囲まれ至福なひとときでした。まだまだ沢山のつぼみが付いているのでこれからが本番になります。お花好きの方はぜひどうぞ!

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下沢釈迦堂(加茂郷88ヶ所霊場第15番札所)

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 創建年代は不詳であるが堂脇にあった銀杏の老木からみてかなり古い時代からここに建てられていたようである。
 堂は下沢地区の中央にあり、下沢公会堂が別に昭和52年に建立されるまでは、すべての集会・地区行事の時には堂内が使用されたので30有戸全員の集合できる広さがあった。
  百万編念仏・二夜三日念仏には当番が世話をしておにぎり煮物を持ち寄り、高福寺より大きな数珠を竹ノ下と交代で若衆が担いで帰り、堂内で輪をつくり念仏や心経を唱えながら数珠廻しの行事を行った。この行事は太平洋戦争中に中止された。
  加茂阿波88ヶ所霊場巡拝が盛んな頃は札所とし賑やかに利用さえた。現在のお堂は近年再建されたものである。
 堂脇の銀杏は周囲が4mからの大木で秋には黄金の葉色が殊に輝き阿波村入口の名木として村民から愛されていたが、人家の屋根の上まで枝が広がり古木のため台風や積雪による予期せぬ災害のおこることも憂慮して、阿波村はついに昭和55年惜しみつつ伐採したため堂は孤立し淋しくなった。
本尊は釈迦如来(金色木彫蓮華台座像、高さ53㎝を厨子に納める。)左側に弘法大師を並べて祀る。

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世界の名画が一堂に!「バルビゾン派の至宝、ミレーとその仲間たち」展

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 美作三湯の温泉街を舞台とした回遊型アートイベント「美作三湯芸術温度」(県主催、12月4日まで)に併せて、10月1日~11月13日までの期間限定で公開されている「バルビゾン派の至宝、ミレーとその仲間たち」展を是非拝見したいと山田養蜂場ギャラリーへ行ってきました。
 なんとそこには世界の名画が一堂に集められていました。ミレー、ルソー、ルノワール、ピカソ、シャガールなど・・・。名画と言えば、私は東京や京都へとしげしげ出かけていましたが、まさかこんなに近くで拝見できるとは思ってもなかったのでなお更感激しました。しかも、無料です。こんなチャンスは滅多にめぐってくるものでもなく、とても幸せな時間を過ごさせていただきました。行かれた方の中には「いまだ興奮冷めやらぬ現在、何度でも来たいと思えるギャラリーです。」と再度、友人と来られる方もいらっしゃるそうです。
(上記写真:ミレー「蜜蜂のいる風景」※山田養蜂場ギャラリー提供)

 山田養蜂場の美術コレクションのうち、バルビゾン派と印象派の作家を中心とした300点以上の作品を初めて一般公開いたします。(期間限定、完全予約制で公開)※入館には抗原検査の実施が必要です。抗原検査キットは、本社敷地内にある直営店舗「りとるび~はうす」でもご購入いただけます。
展示絵画:ミレー、コロー、ルソー、クールベ、モネ、ルノワール、シャガールほか、バルビゾン派から現代フランス作家まで 約300点
山田養蜂場のPress Release)(山田養蜂場ギャラリーWEB専用予約フォーム

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青柳の耳塚様(加茂町)

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 加茂町大字青柳、白金山の東側、通称クダケ山の一画(町道知和青柳線から東約40m)にある。昭和53年9月までは現在地の南方約300mの地点にあったが、ほ場整備実施に伴い、現在地に移転祭祀された。
 その由来は遠く現在地の西北約300mの地点、今も伝えられる藤田(とうだ)屋敷に、藤田(とうや)弥五郎という人が住んでいた。その妻が病死したので、近くの竹薮に埋めたところ、3・4年の後竹薮の中から、女の泣声が毎夜聞こえるので、死体を発掘してみると、右の耳から左の耳に竹の根が貫いていた。これを取り去って長田高下の麓に葬り替え手厚く祭った。
 占う人あり、ここにお詣りすれば、耳病一切にご利益があるとのことで参拝者が多くなり、文久3年4月に湯頭の亀太郎なる人が発企し、浄財を集め、耳王明神として碑を建立したのが、現在の耳塚様である。
 今も耳の悪い人が「穴のあいた石を持ってお礼詣りをします」と願をかけて、広く遠くからも参拝しており、願開きに供えられた穴のあいた石の数は碑の周りに山をなす。
 地元ではこの地に移転した9月の第一日曜日を例祭日と定め、毎年お祭りをすることとしておる。(文:現地案内板より)(2022年10月4日撮影)

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