「那岐山麓菜の花まつり」です。
2019年4月20日「那岐山麓菜の花まつり」が開催されている奈義町の広大な菜の花畑に行ってきました。奈義町現代美術館周辺と滝本にも会場がありました。
真っ青な青空の中、那岐山麓に向かって真っすぐに伸びる道の両脇には黄色の菜の花が美しく咲いてとてもきれいでした。また、21日には奈義町の特産品が味わえるグルメテントやイベントもあったようです。
2019年4月20日「那岐山麓菜の花まつり」が開催されている奈義町の広大な菜の花畑に行ってきました。奈義町現代美術館周辺と滝本にも会場がありました。
真っ青な青空の中、那岐山麓に向かって真っすぐに伸びる道の両脇には黄色の菜の花が美しく咲いてとてもきれいでした。また、21日には奈義町の特産品が味わえるグルメテントやイベントもあったようです。
津山藩江戸藩邸
江戸時代の大名は、参勤交代の制度によって、江戸と領国の二重生活を送ることになっていました。そのため、大名は江戸に屋敷を拝領し、多数の藩士が単身赴任の苦しさと、大消費都市江戸の享楽の同居する生活をしていました。
津山松平藩は、美作国十万石を拝領して間もない元禄十一年(1698)九月、江戸の大火で藩邸を焼失してしまい、その代わりとして江戸城鍛冶橋門の内側に七千坪の敷地と金一万両を与えられ、以後ここを上屋敷として使用しました。この鍛冶橋藩邸は後に敷地が加えられ、最終的には一万二千坪ほどになっています。
江戸の津山藩邸は鍛冶橋藩邸だけではなく、浜町の中屋敷、高田・深川の下屋敷などがあり、それぞれかなりの敷地を有していました。
墨に生きる 書・水墨画等思い出と感謝 阿部風木子
2018年11月23日に亡くなった阿部風木子(阿部正直)氏ですが、いつかお目にかかりたいと思いながら月日が経ってしまいました。ただ生前に掲載の許可だけは戴いていましたので掲載させて頂きました。生家から生前の風木子氏の事も伺って来ました。
岡山県美作市出身。大正12年生まれ。水墨画や書は、教育者だった父の影響で幼いころから始めた。雅号の「風木子」は、父(風木)の子だから風木子。
2018年10月2日に出雲街道新庄村で山中一揆についてお話を伺って来ました。その後、がいせん桜通り、今井河原刑場跡等を見学してきました。約290年前に子孫や地域のために立ち上がった人々がいたことを後世にどう継承していくかが課題です。
江戸時代から現存し公開されている脇本陣は全国の中でも6ヶ所だそうで、ここ新庄村の脇本陣はそのうちの一つで、江戸時代後期に建てられています。また、ここには松江藩の飛脚の宿もおかれていたそうです。なんとも落ち着いた風情のある村です。
2018年11月6日の小雨降る中でしたが、途中の山々の紅葉の景色に感動しつつ人形峠環境技術センター到着。日本原子力研究開発機構に予約を入れて時澤さん、日野田さんに案内していただきました。以前来たことはありましたが、現在どんなお仕事をされているのかが分かり勉強になりました。
人形峠環境技術センターのこれまでの仕事
原子力発電所では、燃料としてウランやプルトニウムを使用します。人形峠環境技術センターでは、燃料となるウラン鉱石を探す、掘り出す、鉱石からウランを分離する、ウランを濃縮するといった、原子燃料サイクルの上流技術といわれる技術開発を担っていました。
これらの技術開発は民間企業への技術移転を行う等、所期の目標を達成したため、2001年 (平成13年)に終了し、現在は施設の廃止措置を進めています。
大山みちは、信仰と牛馬の道です。霊峰伯耆大山への参詣を目指す旅人と博労座で開催される市へ向かう牛馬の群れが行き交った道です。大山みちは、岡山市の足守より粟井温泉~掛畑~千升乢~加茂市場~尾原~真庭市鰻田~鹿田~落合~久世~三坂峠~禾津~藤森~延助~内海乢を経て、鳥取県御机~鍵掛峠~大山寺に通ずるルートです。現在ではその殆んどが一般道路に併合吸収され、往時の姿を留めている箇所はあまり見ることは出来ません。
現在、「大山みち」を6分割して、歩く会が実施されていますが、今回はその5回目(5区)に当たります。5区のコースは2コースに分かれます。本道は、柞乢越えで距離も短く急ぎの旅人に利用されて来ました。もう1つのコースは、湯原温泉に1泊して休養を取り、旧二川村の三世七原、小童谷(湯原ダムにより水没)を経由して、野田で本道に合流する道でしたが、現在は消滅してたどることは出来ません。
歩く会は、あと6区を残すのみとなりました。第1回は平成26年に既に終えていますが、釘貫小川から三坂峠を越えて久世に至る峠道です。この間は全体の約70%が山道です。第5・6区も山中の道で、それに次ぐ昔の面影を最も残している区間と言えます。 (第2回の様子はこちら)
2018年11月5日津山市のお隣、美咲町の中央運動公演内にある「卵かけご飯」を食べてきました。この卵かけご飯は、地元の卵と米を使った「卵かけご飯」を売りにした美咲町の町おこしの中心的存在になっています。今や全国の人々がかけつける程有名になりました。この「卵かけご飯」は、ご飯と卵はお代わりでき、みそ汁と漬物がついて350円。また、地元の醤油をのり、ねぎ、しそで味付けた3種類のタレもある。その他、豚角煮たまごかけごはん(トントン)600円、卵焼き(黄福巻き)300円、オムレツ(黄福のオムレツ)300円、カルボナーラ風たまごかけごはん(カルボー)600円、若鶏のからあげ、串カツ、黄福オムライス、黄福親子丼もありました。
黒坂の遊屋八幡神社の道を挟んだところに祠が見えた。何だろうと細い道を上がると小さな祠と鳥居がある。見ると若宮様と勝南霊場第16番弘法大師(黒坂)だった。由緒も解らないが丁寧にお祀りされているので撮影し掲載することにしました。
※若宮大神 全国的に若宮という神社が多くあります。この神社の由来は、非業の死を遂げた者がたたるのを恐れて、巫女や神職の勧めで神として祀った場合が多いといわれています。
若宮様・勝南霊場第16番弘法大師(黒坂)(2017年8月20日撮影)
自由と民主主義のために闘った人々の、精神的ささえともなった、戦前の革命的民主的出版物をひとりでも多くの人達に見てもらおうと、毎年「戦前の出版物展」を開催しております。
この冊子は、同時開催で開かれた講演会「片山潜の青春・故郷における片山潜の労働と学習」河原要(片山潜記念館事務局長)氏の講演を要約したものです。なお河原氏の講演内容は、片山潜の生家や記念館を訪ねるときの参考になるものと思われます。『嵐の中の青春』林直道著と共にお読みいただければ幸いです。(文:2015年7月15日片山潜記念館だより創刊号より一部を転載)
2018年11月23日奈義町の菩提寺にモミジと大イチョウの木を見に行って来ました。
当日は曇りで少し肌寒い日でした。津山市内ではイチョウの葉は落ちてしまっていますが、菩提寺の大イチョウはまだ緑の葉があり驚きました。この日はイチョウのライトアップも終わりなので大勢の方が見に来ておられました。また、モミジの葉が綺麗に紅葉していてススキとマッチして美しく素敵でした。