八幡宮(宮尾)旧久米町 

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八幡神社(宮尾) 大字宮尾
 古老の伝える口癖によると、往古一郡の総鎮守として豊前の宇佐八幡の分霊を勧請したもので、其の際、定平家の先祖が御神体を奉持して帰り、其の後長年の間定平家が神事を掌どっていたが天文の頃(1532~1555、室町時代の後期)神職を他家にゆずり、定平家は秋の例祭に行われる宇佐八幡宮の神事にならった流鏑馬だけを勤めることとなった。
八幡様は武の神様であるので馬術と弓術を組み合わせた流鏑馬が神事として取り上げられたことは尤もなことである。然し乍ら神事としての流鏑馬は年を経るにつれて段々と象徴的となり、服装も羽織袴となり乗馬と共に神輿の前を歩くだけのこととなっていた。

 作陽誌には今一つ「拝殿のかたわらに本地堂があって、阿弥陀如来の像が安置されている。應神天皇の本地は阿弥陀仏だから」と書かれている。明治初年のお達しによって取り除かれたものか今は本地堂も阿弥陀像もない。
本社には明治41年8月27日に蔵人神社と諏訪神社が合祀され、明治42年7月2日に荒神社、大正4年5月28日に中畝神社、森神社、奥津神社が合祀されて都合六社が合祀されている。
祭神は、譽田別命・足仲彦命・息長帯姫命・経津主命・伊弉諾命・建御名命・大己貴命・素盞鳴命・奥津彦命・奥津姫命。
祭日は、例祭10月15日、祈年祭4月15日、新嘗祭11月26日。

(文:久米町史より抜粋)2014年7月17日取材

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鳥居と参道

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境内

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境内                  神輿蔵

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社務所                           惣領神社

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拝殿にぶら下がっているお守り

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本殿

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本殿

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御崎神社