宮尾(地域別/津山市/久米地域)

中須賀の石燈籠三基は常夜燈

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 久米町を走る出雲街道の東の端は、大字宮尾、字中須賀で、ここに三基の石燈籠がある。昭和44年、此の三基を一括にして久米町指定として保護されている。此の中須賀の地は、宮尾・領家・久米川南・中北下と西に続く穀倉築をひかえ、高瀬舟の舟着き場として、明治になっても茶屋があり、飲食店もあって、にぎわったところである。石燈籠は三基とも常夜燈で、昭和10年代まで中須賀の人は順番で此の石燈籠に点燈してきたもので、道しるべとは多少意味がちがうにしても、吉井川を登り降りする高瀬舟の目じるしとなっただろうことはまちがいあるまい。

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パークロード白鳳の広場(宮尾)

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パークロード白鳳の広場(岡山県津山市宮尾561)
道の駅「久米の里」隣にパークロード白鳳の広場があり、五重塔が建っています。この五重塔は、久米廃寺跡の記念のモニュメントで、この地には「唐臼」と呼ばれる古代寺院の塔の心礎があり、小字名も「唐臼」と称されていました。
 久米廃寺は、今から約1,300年前(白鳳時代)に創建された寺院ですが、火災にあい、平安時代の前半には廃寺となってしまったようです。最盛期の寺域は東西130メートル、南北110メートルの規模で主要な建物である金堂・塔・講堂が、回廊または築地塀の中に東西に並列して立てられ、東側の一段低い谷の部分に雑房(寺院関係者の生活場所)があったところです。ここで出土された久米廃寺出土塑像仏及び遷仏が県指定重要文化財になっています。

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2019 宮尾のブルーのイルミネーション

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 2019年12月13日の津山市宮尾のイルミネーションを拝見!
今年は偶然玄関先に出てこられた奥様が応対してくださいました。何でも向かいの年配者が毎年楽しみにしているからと、一人で飾り付けているのだそうです。心優しい奥様が作る優しいイルミネーションでした。

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道の駅 久米の里 仙人まつり

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 2019年4月28日(日)に行われた「道の駅 久米の里 仙人まつり」に参加して来ました。
当日は、年に一度のモビルスーツ搭乗体験や、山本あき歌謡ショー・よさこい踊り・久米地域対抗のど自慢大会・ビンゴゲーム・もち投げなどが行われました。

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医王山 等覚寺(大字宮尾)旧久米町

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医王山 等覚寺(大字宮尾)旧久米郡 (2014年9月17日取材)
天台宗の寺院である。作陽誌には嘉祥三(850)年の建立とあり、又、貞観二(860)年三月、天台座主慈覚大師が、清和天皇の勅命を奉じて建立したものともされている。何れにしても平安前期の開山創立ということになる。往古は十二坊もあったといわれるが保元年中(1156~1159)火災により末房悉(ことごと)く消失した。それから約六百年ばかりの間は様子がわからないが、江戸時代になって天和二(1682)年五月梁行二間、桁行二間の本堂が建てられ、それから九年の目の元禄四(1691)年三月十二日には庫裏が建築された。庫裏は敷坪十二大工、備前國奥(邑久)郡上山田村、光義次左衛門となっている。それから五十五年目の天明三(1783)年には鎮守八幡堂・門・飛境内の観音庵・大日堂が出来上がった。

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「モビルスーツ特別搭乗会」が開催されました。

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2015年8月15日(土)・16日(日)9:30〜15:30に道の駅「久米の里」で 「モビルスーツ特別搭乗会」が開催されました。今回は晴れの国おかやまデスティネーションキャンペーン開催を記念して、両日とも120組を限定して特別に実施されたそうです。

 炎天下でも子どもたちは元気いっぱい!でしたが、ご父兄の方々も興味津々で写真を撮られてご満悦そうでした。夏休みの思い出ができて良かったですね。

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八幡宮(宮尾)旧久米町 

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八幡神社(宮尾) 大字宮尾
 古老の伝える口癖によると、往古一郡の総鎮守として豊前の宇佐八幡の分霊を勧請したもので、其の際、定平家の先祖が御神体を奉持して帰り、其の後長年の間定平家が神事を掌どっていたが天文の頃(1532~1555、室町時代の後期)神職を他家にゆずり、定平家は秋の例祭に行われる宇佐八幡宮の神事にならった流鏑馬だけを勤めることとなった。
八幡様は武の神様であるので馬術と弓術を組み合わせた流鏑馬が神事として取り上げられたことは尤もなことである。然し乍ら神事としての流鏑馬は年を経るにつれて段々と象徴的となり、服装も羽織袴となり乗馬と共に神輿の前を歩くだけのこととなっていた。

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2013 道の駅久米の里「仙人まつり」がありました。

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2013年4月28日(日)、9:30~15:00まで道の駅久米の里で「仙人まつり」が行われ、大勢の家族が来られていました。可愛いポニーちゃんにも出会えたし、地元の生産者のみなさんの「ちんどん劇場さん」もよかったですよ~。

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中須賀船着場石灯籠

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▲中須賀船着場石灯籠(2011.4.10)

中須賀は、吉井川の船便を利用し、下流にある備前国との交易をする物資の集積地として、また宿場町として栄えた地で、出雲街道の要衝のひとつであった。
 ここにある三基の灯籠は、航路の安全を祈る為に建てられたもので、出雲街道の両側に伊勢神宮内宮・外宮(明治元年11月吉日)の石灯籠が、また、吉井川沿いには金比羅宮(嘉永7年10月吉日)と刻まれた石灯籠が建てられ、常夜灯として昭和10年代頃まで各家順番で点火していたということである。
その後、これらの石灯籠は、河川改修によりこの場所に集められ、現在に至っている。久米町教育委員会(2011年4月10日、中須賀船着場の看板より)

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