坪井本陣跡(今井醤油店)

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 作陽誌に「駅中(坪井宿)に太守茶屋あり」と記載されている。「太守」とは松江藩ではないかと思われる。
 新家家系図によると、新家源蔵のとき「雲州松江城主 松平出羽守より、坪井駅中(坪井宿)「脇本陣」を仰せ付けられ、兼ねて御用達御定宿を命じ、年給金百余両の金を給う。」とある。この時「菊屋」と称す。
 新家利右衛門の時「松平出羽守より改めて御本陣を仰せ付けられ苗字帯刀を給る。金子の外に千足を下し給う。」本陣を命じられたのは明和3年(1766)の頃と思われる。

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坪井宿の入口

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 今井のおばあちゃんが「私がこの家に嫁いで来た時には、母屋から裏屋敷(松平公の休む所)の間に、お庭と池があり、太鼓橋がかかり渡って座敷に入っていた。風呂・便所には刀掛け、また布団には三葉葵(徳川家の紋)がついていました。」と話してくれました。
 なお、今井氏宅(本陣跡)の裏座敷は10年ほど前に建て替えられました。
(写真:2019年12月25日)(文:真家規善さん資料より)



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