湯郷のお雛まつり2016
2016年4月3日(日)観光案内所の駐車場が満杯で、湯郷温泉の街中を車で素通りしてしまいました。2016年4月1日(金)~4月10日(日)まで、湯郷地域交流センター、各旅館、店舗など約35軒で雛飾りが展示されています。
2016年4月3日(日)観光案内所の駐車場が満杯で、湯郷温泉の街中を車で素通りしてしまいました。2016年4月1日(金)~4月10日(日)まで、湯郷地域交流センター、各旅館、店舗など約35軒で雛飾りが展示されています。
岡山県指定天然記念物「七色樫」を見てきました。雪がまだ解けていない所があったのですが、樫の木は青々としておりました。岡山県指定天然記念物「七色樫」は、ウラジロガシの一種で、四季を通じて葉の色が移り変わる珍しい木で、春の赤から始まり、橙、黄、黄緑、緑、青緑、濃緑と一年に七回変化することから「七色樫」、別名「虹の木」といわれているそうです。実生もなく、とり木、挿し木も不能で、珍しい変色の原因も明らかではありません。樹幹周約1.5m、樹高約16m、推定樹齢350年以上と言われている名木です。(立て看板より)2012年5月の七色樫の様子
忠臣蔵といえば、赤穂浪士の復讐の物語で、全国津々浦々まで知れ渡っている。赤穂浪士が吉良邸に討ち入ったのが、元禄15年12月14日であったため、現在に至っても年の瀬が近つくと、必ずといっていいほどメディアによって放映さている。
私が太平洋戦争のさなかに勝間田国民学校に在学していた頃、毎年12月14日には、先生に引率されて、黒土地区にある赤穂浪士の1人神崎与五郎の両親の墓参りをしていた。その頃から神崎与五郎が私たちの郷里で、家族と共に何年か過ごした後、播州赤穂藩に仕官したのどということが分かり、子ども心にも誇らしく思っていたものである。
神崎与五郎則休は、美作津山藩主森家に仕えていた神崎又市光則を父として、寛文6年(1666)津山城下で生まれた。生母は元禄3年(1690)8月に病没し、津山市愛染寺に葬られている。
2016年2月14日(日)のバレンタインの日に「白ネギ収穫祭」が勝央町豊久田の畑でありました。当日はあいにくの雨が降り開催が心配されましたが、たくましい老若男女&子どもが参加して賑やかな催しとなりました。
「白ネギを袋いっぱい採り放題。パン屋さん提供のピザ生地を畑で焼いて食べるネギピザ。大空会秘伝の白ネギスープ、美味しい白ネギと思いでをお土産に、農業の楽しさと人と繋がる喜びを畑から食卓までお届けしたい。」勝央町農業後継者クラブ大空会の企画でした。
町並み保存地区を中心とした勝山市街地で2016年3月2日(水)~3月6日(日)まで開かれた「勝山のお雛まつり」は訪れる人びとをわくわくさせてくれます。旧出雲街道として栄えた勝山の民家らしい風景が今年のメインビジュアルだそうです。今年はいろんなお家の中を拝見させていただき発見することが多い勝山のお雛まつりでした。まず、河川敷の駐車場があんなに広かったとは知りませんでした。(2016年3月5日撮影)
郷土資料館の向かいの清友家に入ってみました。築200年を越える清友家は勝山町並み保存地区にあり、醤油醸造業を営んでいた家だそうです。入口には、醤油を船着き場まで運んだレールが、まだ残っていて驚きました。お家の方が大切に守って来られているのが伝わってくる清水家のお雛まつりでした。(2016年3月5日撮影)
「勝山のお雛まつり」に出かけてきました。いつも進化しているように感じる勝山の雛まつりは今年も大勢の見物客で賑わっていました。また、5日はぽかぽかの暖かい日差しだったので道行く家族連れもウキウキした感じでした。ここ御前酒蔵元如意山房でも「蔵元のお雛まつり」があり、辻家に代々伝わるお雛さまや、花嫁衣裳などの華やかな着物の数々、子どもの袴などの展示もあり見ごたえがありました。また、与謝野晶子さんをはじめ大勢の文人・墨客や作曲家の三木稔さんなどが、勝山の辻家を訪れていたそうです。 (取材2016年3月5日)
那岐山麓山の駅いろり家で展示してある「山の駅おひなまつり」に行って来ました。会場に入るとまず最初に吊るし雛が所狭しと飾ってあり華やかな感じがしました。また、山の駅スタッフによる手作り雛、町内外の工芸作家等による作品が展示してあり、色彩豊かなお雛様が勢ぞろいでした。(取材2016年3月4日)
油地蔵(岡山県指定重要文化財)
字 石佛の土中より堀り出されたもので旧県道沿いに安座していたものを大正14年東光寺山門前に移したもの。花崗岩の上部を舟形におとし佛像を刻んでいる。右手には錫杖、左手に宝珠を持つ延命地蔵の相で重厚の感じの像容である。
左に「庚暦二庚申二月二十九日亥午後」(1380年)右脇に願主円佛敬白の銘がある。油をかけると如何なる難病にも御利益があると云われその為、油地蔵と呼ばれている。
県内外からの参拝者も多い。昭和34年1月13日、県の重要文化財として指定される。