津山城(鶴山公園)(観光スポット情報)

津山城(鶴山公園)の藤の花が満開です。

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 2018年4月26日に津山城(鶴山公園)の藤の花を眺めに本丸まで登ってきました。丁度満開の藤の花がいい香りと共に出迎えてくれました。藤の花の色は紫系と赤紫系の二種類あり、見る人を楽しませてくれます。二の丸の白い藤の花は既に散っておりましたが、桜の花の後の鶴山公園は緑にあふれ、モミジの葉が新緑で美しく、また、入場口付近のヒラドツツジの花も綺麗に咲いていました。そうそう、アジサイもすでに花芽をつけていましたよ。

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2018 津山さくらまつり4月8日の様子です。

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 2018年4月8日の津山城(鶴山公園)の様子です。さくらの花は散っていましたが、お馴染みの「さら山時代行列」の皆さんと遭遇しました。やはり、時代行列は、お城の石垣にぴったりとはまりますね~。いつもいてくれると観光客さんが喜びそうですね。「津山さくらまつり」ですが、この日も海外の方を多く見かけました。また、本丸では津山城鉄砲隊の皆さんの迫力のある鉄砲の音が園内にこだましました。

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2018「津山さくらまつり」オープニング

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2018年4月1日の「津山さくらまつり」(4月1日~15日)オープニングの様子です。 
 全国的に気温がうなぎ上りになり、津山でも連日の暑さで、3月27日の開花宣言がなされてほんの数日後のオープニングの4月1日にはほぼ満開の状態になっていました。ずっと良い天気に恵まれたこともあり、今年は例年にはない人出で、台湾からも数百人のお客様がお見えになったようです。津山のさくらも国際的になって嬉しいですね。15日まで多彩なイベントが目白押しです。

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2018年の津山城(鶴山公園)の夜景

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津山城(鶴山公園)2018年3月29日の夜景の様子です。今年は開花宣言したとたん一気に咲き出して皆さん慌てています。4月1日「津山さくらまつり」オープンの日にはすでに満開のようでした。鶴山公園のさくらは日本一と思っています。また、今週末には沢山のイベントがありますし、まだまだ津山さくらまつりは楽しめそうです。(動画はこちらから

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2018年の「津山さくらまつり」がもうすぐです。

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 2018年3月28日の津山城(鶴山公園)のさくら開花状況です。「つい昨日に開花宣言を出したばかりなのに、夜の冷え込みもなく、しかも日中はあったかなので一気に花が咲き始めてしまった。」そうです。例年よりは7日早いそうです。「津山さくらまつり」は4月1日のオープニングに始まり、4月15日まで開催されます。

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【津山人】駒井匏軒翁碑(鶴山公園内)

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 駒井匏軒は幹夫津山候に仕へて先手弓頭となり祿五十石を食み、學問所教授を兼ぬ。兵學に通じ詩歌に巧に又書を善くす最も明楽に精通し特に横笛の妙手たり。晩年惟を垂れ名けて啓蒙學舎と曰ひ廣く青年子弟を数ふ。明治十二年七月歿す。歳五十六。匏軒文稿同詩稿の著あり家に藏す。(文:苫田郡誌より)(2017年6月14日撮影)

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2015津山さくらまつりのイベント

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 2015年4月1日~15日恒例の「津山さくらまつり」の様々なイベントが開催されました。今日はあいにくの小雨が降っていますが、太鼓ショー&備州岡山鉄砲隊、宝蔵院流槍術、コスプレ、伝統芸能交歓会などが賑やかに行われました。また、美作のグルメと観光展もあり、津山ホルモンうどんを始めとして、津山そずり鍋、まほらプリン、津山じゃあじゃあ麺、津山黒豚餃子など津山の名物が沢山並んでいました。その他にも、お茶席やちびっこ広場など家族で楽しめる企画もありました。(2015年4月4日・5日撮影)

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備中櫓(鶴山公園内)

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備中櫓は天守台の南東、本丸南面に突出した石垣上に立地する2階建ての櫓です。
 高さ約13メートル、幅約24メートル、奥行き約8メートルで、延べ面積は約288平方メートルです。
60を数える津山城の櫓の中でも最大級の規模を誇り、その立地などから考えて、天守に次いで重要な櫓であり、象徴性の高い建物であるといえます。
構造
 備中櫓は、木造一部2階建てで屋根は本瓦葺きの入母屋造り、外壁は軒廻りも含めて白漆喰塗りです。通常、櫓の内部は板敷きあるいは土間ですが、この備中櫓の内部は全室畳敷きという特徴を持っています。

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鶴山館(鶴山公園内)

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 これは津山藩の学問所(文学所)として1870年(明治3年)に着工されました。場所は京町門の内側にそれまでにあった文武けいこ場の東側(現在の津山電報電話局のところ)で、翌1871年に完成され、従来のけいこ場とあわせて「修道館」と名づけられました。この時期は同年7月に行われた廃藩置県の直前であり、明治維新のあととはいってもまだ藩内の教育については藩が統轄しているときでした。
 しかしその後、明治政府は廃藩置県を行うことによって全国に統一した行政が行える体制ができ、文部省を設けたり、1872年には学制を制定(学区制、就学奨励)したりして、近代教育制度を発展させていきました。修道館はこのような事情から完成して間もなく廃藩置県にもとづいて廃止され、のちの"鶴山館"にあたる建物は変遷する教育制度などと深くかかわりながら利用されてきました。それはだいたい次のとおりです。

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津山と松尾芭蕉の縁

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 津山城(鶴山公園)に松尾芭蕉の句碑がある。津山と松尾芭蕉の縁を調べてみました。


 全国に知られた富豪で俳人でもあった蔵合の五代目孫左衛門直良は、元禄(1688-)から享保(1716-1734)年間頃、全盛を誇った蔵合家当主。西鶴が『日本永代蔵』にえがいたのも直良の時代と思われるが、芭蕉とも交友を結び俳人でもあった富豪の面影をしのばす。俳号は「推柳」という。句集『夢三年』(寛政12年、岡山の佐々木松雨が編集)の中に、芭蕉の友人・山口素堂の一文をのせている。その中に「津山の住、推柳子のもとへ赤木氏より、わが友芭蕉の翁が絵かきて自ら賛せるを送らせー」とあり、芭蕉と蔵合直良推柳の交友を窺わせる。芭蕉が送った自画賛については享保元年(1716)に、やはり芭蕉門の俳人・月空庵露川が門人の燕説を供に津山を訪れた時の紀行『西国曲』に次のように記されているという。紀行には蔵合の繁栄ぶりを示す記事もあり、西鶴の『日本永代蔵』をさらに裏付ける。(2015年4月21日撮影)


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