野介代(地域別/津山市/津山地域)

流田(ながれだ)組の荒神様(津山市野介代)

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流田(ながれだ)組の荒神様(2014.7.25取材)

 荒神の神は、文字どおり荒ぶる神であり、粗末にしては祟りがこわい霊力をもつ神様です。それだけに加護の力も大きいと信仰され、赤ちゃんのお宮参りの際にも、神社参詣後、必ず村内の荒神様にはお参りするという風習は続いています。さらに、上相・阿蘇の各組や稲穂・長内・海田熊原の例に見られるように、頭屋を中心に催される荒神祭りの日は、甘酒祭りとも言われ、荒神組の子供はもちろん、老若男女うちそろっての懇親会となっています。荒神信仰・荒神祭りは、株内や身ぢかな近隣住人の交流・親睦・連帯を大いに促進し、いわば村落共同体の結束に役立って来たといえましょう。(文:作州民間信仰代表 荒神様とそのお祀り 宮澤靖彦)

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山田組の荒神様(津山市野介代)

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○荒神信仰の盛んな作州
 民俗学者直江広治氏の研究によると、荒神信仰は全国的に盛んであるが、屋敷神・株内の同族神・部落神・産土神に関わる屋敷外の地荒神は、東は千葉県、西は宮崎県の範囲までであり、その中心は中国地方でとくに岡山県と島根県が最も盛んな地域とされています。岡山県下では、県南より北部の方が盛んであり、江戸時代に修験者の活躍が盛んであった作州こそ、まさに荒神信仰の本場ではないかと考えられます。
 江戸時代、作州で一番多い宮は荒神様であったといわれています。当美作町では、どれほどあったのでしょうか。幸いにして江戸時代半ばの天明4年(1784年)岩見田の百姓赤堀氏の手になる「奉勧請国中惣神宮」の貴重な記録があります。それを整理してみると、荒神様は町行域の42大字(旧村)で合計して129という多きに達しているのであります。(文:作州民間信仰代表 荒神様とそのお祀り 宮澤靖彦) (2014年4月12日取材)

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野介代の薬師如来堂

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野介代のお薬師様 施主 勝田郡植月北村 早瀬兵作。御親戚にもなる菅野昭夫さん(野介代の塞ノ神社奉納)によれば、早瀬氏は出雲のお薬師様の熱心な信者でもあり、とても裕福であったそうで、作州一円に薬師堂を作るといい、職人さんを連れて建てている最中に亡くなったという事でした。ここのお薬師様は十九番目(取材2014年3月11日)



・お薬師堂とは薬師如来(やくしにょらい)という仏さまを祭ってある仏堂、または寺院の一般的な名前。

 薬師如来は現世利益につながる仏として信仰されいて、大小あわせて、日本全国にたくさんの「薬師堂」がある。※現世利益(げんせりえき)=生きているうちに、いいことがあること。(野介代町内会からのおしらせより)

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塞ノ神社(津山市野介代)

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塞の神の長い民間信仰の歴史の過程によって機能は複雑となり、色々な附会された伝承が各地域で受け継がれ、また他の神々と習合され、幸せや金運を授けてく れる神というような現実的な人生の希望を託す信仰にもなっている。岡山県下の塞の神は祠が多く、中北部で、咳、耳、脚の神とされ、塞の神にはその他、縁結 びの神、和合神、性神、道路の神、交通安全の神などさまざまの信仰や形態がある。(2014年5月14日取材)

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野介代の「花もも」の花が綺麗です。

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津山市野介代に咲いている「花もも」の花が満開できれいです。(2014.4.12)

いつも通るたびに、「きれいだなぁ~」と見とれてしまいます。今年こそはと写真に収めてきました。聞けば、以前には大きな「花もも」の木があったのですが、台風で倒れてしまったのだそうです。その木はとても綺麗だったので大阪から写真を撮影に来られたこともあるそうで、なるほどと納得する美しさです。

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