院庄(地域別/津山市/津山地域)

院庄駅(津山市院庄)

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院庄駅(いんのしょうえき)は、岡山県津山市二宮にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)姫新線の駅である。
新見方面に向かって右側に単式ホーム1面1線を有する地上駅(停留所)。かつては相対式2面2線であったが、片側の線路は撤去された。現在は棒線駅で、新見方面行きと津山方面行きの双方が同一ホームに発着する。
駅舎はあるが、待合室部分のみ残されている無人駅(津山駅管理)である。

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作楽神社と境内の碑

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 作楽神社案内(明治2年11月27日創建)御祭神 後醍醐天皇・児島高徳(旧社格県社)
由緒:元弘2年(1332)北条幕府のために隠岐に流される途中の後醍醐天皇がこの地にお宿りになり、児島備後三郎高徳が桜の幹を削って「天勾践を空しうする莫れ、時に范蠡無きにしも非ず」と記して天皇をお慰めした故事により、貞享5年(1688)津山藩森家の執政長尾勝明が顕彰碑を建て、のち、松平家の家臣道家大門らの努力によって神社が鎮祭された。境内地は約1万坪、鎌倉時代の守護職の館であった。大正11年、「院庄館跡、児島高徳伝説地」として国指定の史蹟となった。社宝の太刀(銘、来国行)は、国指定の重要文化財である。境内神社:護桜神社・水神祠(平成11年11月鎮座130年記念)(文:境内案内より)(2018年4月29日撮影)

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『太平記』の物語からできた作楽神社と児島高徳

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「太平記」と児島高徳  児島高徳は忍びの頭だった。
「天莫空勾践 時非無茫蠡」(天勾践を 空しゅうする莫れ 時に茫蠡 無きにしも非ず)
 児島高徳は、後醍醐天皇宿泊の院庄の館に忍び込んで、このように読む十文字の詩を桜の木をけずって書きました。
 これはその昔、中国で茫蠡と言う家来が、敵にほろぼされかけた勾践という王を大変な苦労のすえ助け、国を再興させたという物語を例にして、こういう忠義な家来もいないわけではありませんよと、天皇を励ましたものです。中国の古典に詳しかった天皇は、これを見てほほえまれたといいます。
 明治に新劇を始めた川上音二郎らによって、これが芝居として演じられて評判となり、院庄と高徳の名前は、広く全国に知られるようになりました。戦前には、高徳は楠正成と同じ忠義なさむらいとして、教科書にもとりあげられ、文部省唱歌にもなりました。
 学者のなかには、高徳は、『太平記』の作者のつくりばなしであるとか、『太平記』の作者ではないかという人もいれば、瀬戸内の海の武士団であったなどさまざまな見方や意見がありました。『太平記』に何か所も記述されている高徳は、何物であったのでしょうか。
 近年は、地域の歴史が見なおされ研究がすすんできています。関連した人物の資料やさまざまな史実から高徳は、実在の人物であったことがはっきりし、児島あたりの山伏をひきいる忍びの頭であったと、されています。

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2017年 清眼寺のぼたん祭りの様子です。

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2017年4月29日にボタン寺で有名な清眼寺のぼたん祭り(ボタン100種300株)がありに行って来ました。ボタン祭りの期間は、4月25日(火) 10:00 〜 5月3日(水) 16:00でした。また、期間中は清眼寺本堂にて寺宝展や書道展がありました。30日には、筆供養、オカリナの演奏会などもあったそうです。(2014年のボタン祭りの様子です。

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作楽神社とアヤメの花が爽やかでした。

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2016年5月5日(子どもの日)津山市神戸(じんご)の作楽神社のアヤメを見に行って来ました。この日は親子連れが花畑の中であそんでいてほほえましい。このアヤメも町内の方がお手入れなさっておられるそうです。

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2015年 第11回 院庄たかのりまつり

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第11回「院庄たかのり祭り」(春季大祭)が、2015年4月12日に執り行われました。毎年4月第2日曜日に行われるまつりは、多くの参詣者で賑わいます。今年は、さくらは既に散っていましたが、多くの老若男女が訪れて盛りだくさんのイベントを楽しんでおられました。また、作楽(さくら)神社は、鎌倉時代に美作(みまさか)守護職の館があったところで、境内全体が大正11年(1922)に国指定の文化財(院庄館跡)となっています。
(第9回 院庄たかのりまつり)

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2014年清眼寺のボタンの花です。

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院庄の清眼寺で恒例のぼたん祭り(2014年4月27日(日)~2014年5月6日(火)10:00~16:00)がありました。写真は2014年5月1日のボタンの花です。
清眼寺は、美作88ヶ所第56番札所・美作国七福神毘沙門天霊場として、多くの参拝者で賑わいます。別名ぼたん寺ともいわれ、毎年のぼたん祭りには、色とりどりの美しい大輪の花を咲かせ、参拝者を楽しませています。

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2013年 清眼寺のボタン祭りの様子です。

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2013年5月3日の清眼寺のボタン祭りの様子です。小雨が降ってきたので大急ぎで撮ってきました。ここのボタンは100種約300株があるそうです。また、3日は午前10時から筆供養、同10時半からオカリナやベトナム楽器・ダンチャインの演奏などがありました。清眼寺(2009.4.22取材)はここから、また2012年の様子はこちら

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第9回 院庄たかのりまつり

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 第9回 院庄たかのりまつりが、平成25年4月14日(日)(午前8時~午後4時)作楽神社 境内で執り行われました。雨天決行

 「例祭」というのは、神社でいちばん大切なお祭りで、たいていのお宮の秋祭りがそれにあたります。作楽神社の例祭は春で、4月22日と定められています。
 後醍醐天皇が院庄館にお着きになり、児島高徳公が桜の幹に十字の詩を記されたのが元弘2年3月17日、それを陽暦に換算して4月22日が由緒のある日として例祭日になりました。しかし、諸般の事情から今は4月第2日曜日に例祭を行って
います。
 今年は、和太鼓・剣詩舞・詩吟・銭太鼓・琴・尺八・日本舞踊などなど盛りだくさんのイベントと、津山西中学校吹奏楽部のガレージセールや、剣道奉納大会、つきたて餅、焼きそば、最後にはお餅・お菓子まきがありました。

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