東田辺(地域別/津山市/津山地域)

美作の大庄屋めぐり「土居家」(東田辺)

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土居家 土居藤七 西北条郡田辺村 森藩~松平藩
大庄屋まで
 田辺村土居家は、田邑土居家の分家である。田邑村七郎右衛門の三男伊右衛門が、寛文12年(1672)に田邑村に居住したまま田辺触の大庄屋に任命され、田辺触として、6か村石高2489石を所管した。伊右衛門は天和元年(1681)田辺村に移住し、同3年伊右衛門の死去により、河辺村土居家にいた弟の七衛門が名を藤七に改め、2代目となり大庄屋を継いだ。
大庄屋として
 藤七は、元禄11年(1698)、美作国に10万石で入封する松平家に大庄屋及び領民を代表して香山太郎兵衛とともに江戸まで祝賀の挨拶を行っている。藤七は、東一宮中島氏とともに第一次長州戦争に従軍した。『美作の大庄屋、大年寄記』屋号を中屋という。

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東田辺のお正月行事

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 2020年1月元旦午前8時、東田辺地区のお正月行事に伺ってきました。なんでも、元旦に町内15軒の方々が集まって、君が代をうたいながら、国旗掲揚をした後、東に向かって万歳三唱をするという昔ながらの行事が黙々と繋がってきているのです。町内の古老に聞くと、70数年以上たっているとのことでした。お正月に各家を訪問しながら挨拶するよりは、元旦にみんなで集まって挨拶したらということで始まったらしい。仲良し部落の行事をこれからも是非続けていって欲しいと願いました。

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2019 黒沢山萬福寺の紅葉

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 2019年11月30日の黒沢山萬福寺から望む津山市内です。
子どもの生まれて初めての厄除け『十三参り』は、虚空蔵菩薩さまに智・力・福を授かる加持として今に伝えられている。境内には、開山より約100年の後、弘法大師様、来山の折、錫を持って加持の為の秘水(阿伽の水)を湧かされたと伝えられる霊泉『明星水』がある。秋から冬にかけて朝に見る事ができる雲海、津山市を一望する夜景、太陽の動き・季節とともに移り変わる山の色、さまざまな景色が望める展望所が心を癒してくれる。

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平成31年(2019)のご来光です。

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平成31年(2019)のご来光を「黒澤山 萬福寺」で迎えました。萬福寺の境内には雪が積もっていてとても寒い元旦となりましたが、ご来光を拝みに来られていた人々と一緒に2019年の幕開けを迎えてきました。今年一年がどうぞ穏やかな一年となります様にと願ってやみません。

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虚空蔵山 求聞持の寺(東田辺)

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虚空蔵山 求聞持の寺(高野山真言宗 美作八十八ヶ所霊場 第74番)
 萬福寺に如意宝珠をお奉りする融通堂があったとのいい伝えがありました。由来は萬福寺と同じです。
 平安時代後期の経塚と如意宝珠を護持するために、實仁和尚が昭和五年融通堂を再建され、昭和五十八年四月二十一日に本四国八十八ヶ所霊場を勧請すると共に、求聞持の寺として新寺建立されました。

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黒沢山萬福寺のアカガシ (津山市東田辺地内)

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『虚空蔵さん』で良く知られている萬福寺は、和銅7年(714年)に開山された真言宗の古刹である。
この萬福寺は福一万で、伊勢朝熊の智彗一万、陸奥柳井津の力一万と共に日本三所の虚空蔵尊である。
 また高峯黒沢山の頂上付近に位置しており、その眺望はまことに絶景である。
 なお、縁日は旧暦1月12~13日であったが、平成のころから2月最後の「金土日」の3日間に行われるようになった。参詣者は各地より数万人に及ぶという。
 お寺の境内に名木百選に選ばれた『萬福寺のアカガシ』がある。この木は樹林の中で最も大きいアカガシである。推定樹齢400年、目通り周囲4m。(文:『美作一宮 郷土の遺産』より)(2017年3月20日撮影)

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地神様(津山市東田辺地内)

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 百姓の神様。春秋の社日には、ここに集まって、神酒、餅などを供えて祀った。
「村中安全、明治27年12月吉日」と刻まれている。
県北では自然石に『地神』と深く掘ったものが多い。時代は江戸中期以降のものが多く、明治のものもある。
(文:『美作一宮 郷土の遺産』より)(2017年4月18日撮影)

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昭和池(津山市東田辺地内)

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 東西一宮、高田、東苫田、西苫田地区430町歩の水田の灌漑用水確保のため、昭和3年県議会において承認され、昭和5年3月農林大臣より国庫補助の指令があり、耕地整理組合が設立され、昭和7年3月着工、昭和13年3月竣工した。総工費38万5千円。最高水深18m余。貯水量50万トン。(文:『美作一宮 郷土の遺産』より)(2017年3月20日・4月18日撮影)

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黒姫(黒目売)神社 (津山市東田辺地内)

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 『黒姫神社』は、第16代仁徳天皇と美貌の「黒日売にかかわる物語」を秘めた神社である。付近には黒日売の生家、吉備の豪族「海部直」が住んでいたという『尼堤』『誰夫山』、または黒日売の墓といわれる塚もあり、終焉の地『打伏』がある。
仁徳天皇が黒日売の帰国の跡を尋ねて吉備の山方に行幸されたときの、御製に
「山県に蒔ける菘菜も吉備人と 共にし採めば楽しくもあるか」
天皇が都に帰るとき黒日売は
「倭方へに 往くは誰が夫隠り木の 下より延ひつつ 往くは誰が夫」と詠んだ。『古事記・美作鏡』
因みに黒目谷の東北に鷹妻山あり、鷹妻は「誰が夫」、黒目は「黒女」に通ずると。『苫田郡誌、郷土の歩み』
  神社は初め黒目売の住んでいたといわれる「黒目」にあったが、昭和40年代に昭和池の畔に移転された。

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