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三寶荒神社(新魚町)

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三寶荒神社略誌 
・社号 三寶荒神 ・社鎮守地 津山市新魚町三十二番地 ・祭神 火産霊神奥津比古神奥津比売神
由緒
 三寶荒神社ハ祭神、火産霊神・奥津比古神・奥津比売神(亦名大戸比売神)ニシテ蓋シ竈神又厨房ノ神ナリ 当神社勧請、年代ハ詳カナザルモ伝説及境内ニアル榎ヨリ推定スル二今ヲ去ル三百年以前ニテ森忠政侯入府前戸川宿時代此地方ノ住民ノ祭レル鎮守ノ神ナルベシ(註往時農村ニハ上十石ト稱シテ十石ヲ収穫スル土地ヲ一廓トシテ荒神ヲ祭リシモノナリト云ヒ市街地ニハ少ナキ神社ナリ)
 森忠政侯入府ト共二戸川宿ヲ中心ニ附近ノ土地ハ津山城下トシテ日々繁華ナル市街地トシテ人家次ギ次ギト建チタルモ旧来附近住民ノ信仰ハ、猶集中シテ衰ヘズ榎ノ側ニ小サキ社ヲ造リ竈ノ神又厨房ノ神トシテ益々祭神ヲ厳修シテ今日ニ至レルモノナリ
 松平侯時代迄ハ木知ヶ原町(現今ノ堺町)ヨリモ参道アリテ参拝者モ多ク殷賑ナリシガ参道附近ノ繁栄ト共ニ何時シカ参道ハ人家ニテ塞ガリ天保中頃ヨリ新魚町ノ繁栄ニツレ後遂ニ新魚町東組ノ鎮守社トシテ専ヲ恒例ノ祭事ヲ行フ事トナリ商売隆盛ナルト共ニ崇敬愈々篤ク以テ今日ニ至レルモノナリ
 新魚町ヨリ参道ハ現在ノ西側半間程ナリシガ吉元宗治郎(入江万治郎弟)大病時共平癒ヲ祈リ其東側ヲ寄進シ現在ノ参道トナセシモノナリ(明治二十四年)境内東側堺町(現在稲村氏、住所地)ヲ荒神屋敷の稱シ神宮小林もんど明治初期住居セシ土地ナリ

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 現在ノ本殿ハ徳川末期ニ再建シタルモノニシテ神門ハ明治二十五年頃拝殿石鳥居ハ明治三十三年頃ニ建立セシモノナリ(現在ノ神輿置場ノ建物ハ以前ノ拝殿ヲ移シタモノナリ)御神輿ハ当時少年入江左治郎、吉元定治郎、芦田熊太郎等発起トナリテ万人講ヲ作リテ買入シ明治十六年十月奉納シタルモノニシテ其形小ナリト雖モ日本三大神輿ノ一ツナル徳守神社ノ神輿ニ形ドリ実ニ金色燦然トシテ美麗神威ナルモノナリ(註以前ノ神輿ハ小姓町三橋神社へ譲渡セシト云フ)
 神徳ノ顕著ナル事ハ既ニ衆庶ノ周知セル所ニシテ其神使ハ白狐ナリト稱シ昔時ヨリ信仰篤キ家ニ災難ノ起ラントスルヤ事前ニ知ラセルタメニ各家棟ヲ鳴キ立ツ飛ビ廻リ其注意ヲ促シ以テ災難ヲ未然に防ガシメタル事度々ナリキ又悪病流行ノ時ハ探湯神社ヲ行ヒ病災壌抜ノ神徳ヲ享ク故ニ往時ヨリ当神社崇敬者ニシテ大災難ニ遭ヒタル者ナキ事ハ神徳ノ顕著ナル事ヲ現実ニ物語ルモノナリ男爵平沼騏一郎閣下モ幼時ヨリ当神社ニ信仰篤ク先年不慮ノ危難ニ罹ラセラレタル時氏子モ亦其平癒ノ祈願ハ病床ニ当神社ノ霊姿顕ハレ必ズ全快ストノ御告ゲアリタルト云フ其全快セラルルヤ近親者飯田閣下ヲシテ市内各集郷社ニ奉賽代拝セシメラレタル時ニモ亦神社ニ代参奉賽セシメラル(註無資格社ニ参拝セラレシハ八頭神社ト大ニ本神社ノミナリ)

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 其後帰津度ニ或ハ公式ニ或ハ朝ノ散歩ノ序ヲ以テ参拝セラシ金一封ヲ奉納セラレシ事度々ニシテ加之入江賢二上京ノ節神顕ヲ願ヒタルトコロ快諾ノ上数日後染筆奉納セラシタリ以テ其信仰ノ篤キヲ知ル
時局崇敬者ハ益々信仰篤ク神徳ニ報ニ奉ラン事ヲ
祭日 夏祭 七月二十八日 ・秋祭 十一月三日  昭和十八年七月二十八日 入江賢二謹誌
(文:三寶荒神蛇境内の由緒書きより)

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本殿の飾りも立派です。                      由緒

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拝殿に飾られているお神輿様            拝殿を横から拝見

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これは何か不思議に思っていましたが、植月さまにお聞きすると「昔、ここの大きな榎があって、その伐採後に石を置いてお祀りしている。」とのことでした。(2018年3月23日撮影)


以下は三宝荒神社の移り変わり

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植月花店の取り壊し中(2017年3月31日撮影)    三寶荒神社と植月花店跡(2017年6月4日撮影)

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植月花店跡から昔の溝が姿を現しています。

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三宝荒神様(2017年6月4日撮影)

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植月花店跡                  三宝荒神様を西面から見た所(2017年6月4日撮影)

※それ以前の三宝荒神社の移り変わりの様子です。