勝北地域(地域別/津山市)

Oさん宅のバラ(旧勝北町)

nihonbara-bara-15.jpg

2018年5月27日の曇りの天気でしたが、いつも気になっていたバラの花の咲くお宅へ思い切ってお尋ねしてきました。休日もあって奥様が御在宅で心よく対応してくださってまたまた感激です。今年はもう終わりに近づき散ってしまったバラも多いとのことでしたが、お庭には残ったバラの花が綺麗に咲いて、とても終わりとは思えないくらいでした。来年は花盛りにお尋ねしますね。

Oさん宅のバラ(旧勝北町)の続きを読む

2018年 勝北文化協会 春の文化祭

s-bunkasai10.jpg

 2018年3月25日「勝北文化協会 春の文化祭」、「第9回 おどり合同発表会」が津山市勝北文化センターで行われました。当日は肌寒い日となりましたが、綺麗なお花を拝見して心はほっこり。また、文化連盟 合同おどり発表会があり、小学生の銭太鼓が可愛かったのと、艶やかなフラダンスや、ステージで構えているのに途中で音がうまく出ないと言うハプニングもありましたがこれも微笑ましく感じました。図書館では本のリサイクルもあり持参しました。古い本で勝北の図書館に登録のないものは図書館で引き取ってくださるようです。

2018年 勝北文化協会 春の文化祭の続きを読む

茶屋林道標(因幡街道)

syoboku11.jpg

茶屋林道標(勝北町杉宮) 町文化財(石造物) 昭和50年4月1日指定
 茶屋林の旧国道沿いに立っている道標で、南面に 右金森山新善光寺道、西面に 左いなばみち、東面に 宝暦四(1754)五月吉日造之 と刻まれている。
 高さ85㎝ 巾17cm~18cm
 この道標のかたわらに、一本の根上りの大きな松があったが、マツクイムシの被害をうけて枯れる。
 むかし、津山から、勝北、奈義の村むらをとおり、黒尾峠を越えて鳥取に行く道は「因幡街道」と呼ばれ、このあたりは、街道を往来する人びとの憩いの場所でもあった。 

茶屋林道標(因幡街道)の続きを読む

王子御塚社(後南朝第三代忠義天皇陵)

2018.1.6tenou1.jpg

王子御塚社の由来(後南朝第三代忠義天皇陵)
 1442年(嘉吉2)99代後亀山天皇長男小倉宮良泰親王第四皇子尊義親王、植月御所で即位、御南朝高福天皇と称し年号を天晴と、改元1446年2月15日高福天皇第二皇子忠義親王誕生、1458年第二代興福天皇崩御の後、第三代忠義天皇と称し即位、その後10年、1467年京郷に応仁の乱起こり、山名宗全が忠義天皇を京都に迎え、1471年京都北野梅松院に入御の後、安山院に天皇ろして遷座ましますが応仁の乱後、山名刑部少輔清成と共に植月御所に遷幸、皇子尊朝親王に譲位し金森山新蔵坊(新善光寺)に隠居をなし禅定法皇と称す、1480年(文明12)3月17日、35歳にして崩御、この地に葬れりと伝えられる。平成8年10月8日 謹書(文:案内板より)(2018年1月6日撮影)

王子御塚社(後南朝第三代忠義天皇陵)の続きを読む

愛宕神社(旧勝北)

atago14.jpg

 2017年6月24日、アジサイの花を観に声ヶ乢まで行って来ました。声ヶ乢には広戸仙の登山道があり、今は道が整備されています。せっかくなので車で行ける所まで行ってみようと思い、金山林道を辿っていくと愛宕神社の看板と鳥居が見えてきました。車を降りて鳥居をくぐると東屋のような休憩所があり、更に進むと滝と愛宕神社が見えてきました。愛宕神社の詳しい由緒は解りません。(2007年8月27日取材のプチ旅行)(峠の茶屋は閉じられていました。)

愛宕神社(旧勝北)の続きを読む

広戸神社の尼子杉(天然記念物)

hirodo-sugi.jpg

 広戸神社の拝殿前にあります。樹高28m、目通り周囲5.6mで、推定樹齢は500年です。別名尼子杉と呼ばれています。
 天文2(1533)年に出雲国富田城主尼子径久が矢櫃城を攻めた時、本社は兵火で焼失してしまいました。戦勝した尼子氏は、神慮を慰めるため社殿を再建し、その社頭にスギ、フジを植えたと言われています。尼子杉の名称は、この事に由来しています。(文:2008年津山市教育委員会発行『津山市の文化財』より)(2017年6月4日撮影)

広戸神社の尼子杉(天然記念物)の続きを読む

勝北の苫勝霊場第78番 本尊:地蔵大菩薩

boku_d1.jpg

 旧勝北町の苫勝霊場第78番(本尊:地蔵大菩薩)いつも通るたびに気になっていた霊場です。
ご近所の土井さんにお聞きすると、旧勝加茂村の時はこの地区を下村と言っていたそうです。ここの霊場は昔から大勢の人が霊場めぐりで参られていたそうですですが、今は誰もお参りする方は居られないそうです。(撮影:2014年7月6日)

勝北の苫勝霊場第78番 本尊:地蔵大菩薩の続きを読む

新善光寺のミニ四国靈場、明星の井戸

shinzenkouji8-12-37.jpg

四国靈場八十八ヶ所の開基
 当時の四国霊場八十八ヶ所の勧請は、時の住職英傅和上により天保2年より7年がかりの天保9年(1839)正月に開基されたもので、一番札所寺阿波の靈山寺より八十八番札所寺讃岐の大窪寺に至る各札所寺の夫々の本尊像を現地の四国に於て石像に刻み当時寺まで運んだと言う誠に大掛かりな大事業であった。この勧請に参じた施主は、檀家を中心に近郷の篤信者を加え、各寺毎の施主名は石佛台に刻記されて、本堂前より金森山、城山の外周を巡り約1.5粁に渡って配置されている。この外に番外の堂宇が加わり一百余堂となり、今回の記念事業の一環として再整備されたものである。(文:現地案内板より)(撮影:2017年7月15日・8月12日)

新善光寺のミニ四国靈場、明星の井戸の続きを読む

西加茂神社のナナミノキ(市指定重要文化財)

nanaminoki12.jpg

西加茂神社のナナミノキ 所在地 / 杉宮406番地 所有者 / 西加茂神社 員数 / 1本
 西加茂神社境内にあります。ナナミノキはモチノキ科に属する常緑高木で、暖帯に分布し、静岡県以西の太平洋岸から南シナ海に及んでいます。
 本樹は目通り周囲1.2m、根元周囲1.56mで、樹高16mです。推定樹齢は100年です。11月頃には緑の濃い葉の中に、丸くて赤い果実を付けます。岡山県では南部で自生していますが、県北には稀にしか見られません。西加茂神社の社叢には、本樹の外にも少々小さいナナミノキが3本ほど並んで自生しており、県下での分布北限を示す一例となっています。(文:津山市教育委員会発行『津山市の文化財』より)

西加茂神社のナナミノキ(市指定重要文化財)の続きを読む
これより以前の記事