高野本郷(地域別/津山市/津山地域)

高野公民館で高野さつき・山野草祭がありました。

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第45回「高野さつき・山野草祭り」が、平成28年6月4日・5日(午前9時~午後5時)高野公民館大会議室・研修室であり行って来ました。開催は、高野公民館活動推進協議会と高野花木園芸友の会が協同して開催。会場内にはさつき約80鉢・山野草約100鉢の丹精込めた作品が展示され、地域住民や市内外の愛好家が大勢来られていました。

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因美線 高野駅

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高野駅は、西日本旅客鉄道(JR西日本)因美線の駅である。    (2016年5月14日・15日撮影)
1928年(昭和3年)3月15日 - 因美南線として美作加茂〜津山間が開業した際に設置。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。
1997年(平成9年)11月29日 - 行違い設備廃止。
単式ホーム1面1線を持つ地上駅(停留所)。かつては相対式ホーム2面2線であったが、急行「砂丘」 廃止の際に、かつての智頭方面行きホーム側(駅舎から見て反対側)の線路は本線と離されている。現在は棒線駅のため、かつての津山方面行きホーム側に智頭 方面行きと津山方面行きの双方が発着している。なお、廃止されたホームへは構内踏切で連絡していたが、2014年4月時点では撤去されないが、鎖で仕切ら れてありかつてのホームには立ち入れなくなっている。 だが、ホームの壁面に書かれた「智頭方面」という文字が判読できる。駅舎はあるものの無人駅(津山駅管理)であり、自動券売機や乗車駅証明書発行機などは設置されていない。(文:ウィキペディアより抜粋)

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三宝荒神社(高野本郷)

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三宝荒神社は津山市高野本郷にある三宝荒神社ですが、町内の方にお聞きしたら、詳しい事は解らないそうですが、長老からは「どこの町内にも荒神様があり子どもを守ってくれる神様だ。」と聞かされていたとのことです。毎年11月第二日曜日に神主さんと町内の方が約100人程集まり、賑やかにお祭りをされるそうです。また、お正月にはご近所の方がお祀りされているそうです。(2015年1月25日取材)

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五輪谷(高野本郷)

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 北山に、こあざ五輪谷といわれるところがあります。
 ここには、くずれ落ちてうもれた五輪墓の墓石がたくさん出てきます。くわしく調べられていないので、どのくらいの数がうまっているのかわかりません。
 今までに、出てきた墓石を一か所に積みあげてありますが、およそ百こ以上もあります。組みたてたら、りっぱな五輪墓となることはまちがいありません。
 では、なぜこの地にこのような五輪石がたくさん出てくるのでしょうか。研究している人の話では、ここにお寺があったのだろうということです。五輪石は仏教の墓だからです。
 石の大きさやかたちなどから考えて、室町時代から戦国時代のおわりまでのものではないかといわれています。さらに、くわしく調べると、文字のきざまれた石も発見することができるかもしれません。

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才の木(津山市高野)

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 高野田んぼのまん中に、一本の大きなアカメヤナギが立っていました。この木は、遠くからでもながめることができ、古くから人々にしたしまれている名木でした。(2014年伐採)

 この木の根元には、才の神さまがまつられています。才の神は、村人を悪魔や病気などのわざわいから守ってくれる神さまです。おそろしい伝染病などをふせいでもらえると信じられていました。才の神は、まった、旅の安全を守ってくれる神さまでもありました。

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萬福寺(高野本郷)と堀内三郎右衛門

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萬福寺(津山市高野本郷)2012.1.14日取材
本部から「92歳の本当に困っている老祖を助けてあげてほしい。」と言われ、33年前にご夫婦で来られたそうです。「このお寺は旧市内から分寺してここに来られたのだと教えてもらいましたが、このお寺の詳細は分かりません。」とおっしゃっておられました。万福寺では、堀内三郎右衛門のお墓があって、小中学生が授業で見学に来られるそうです。墓には「堀内三郎右衛門 君碑 法学博士 平沼 淑郎(よしろう)」と刻んである。今は檀家の人たちと堀内三郎右衛門一族のお墓を大切にお祀りしておられるそうです。(この他、堀内三郎右衛門の妻光井傳(でん)が元禄13年に奉納した燈籠が高倉神社にあります。また、農民の窮状を救おうと、命をかけて強訴におよんだ指導者8人の霊もいわゆる千人塚で供養回向されている。田中角栄氏が書いた義民の碑も高倉にある。)


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因美線高野駅とさくら

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高野駅
 津山を中心とした鉄道は、岡山津山間の鉄道が一番早く開通しました。当初は、中国鉄道と呼ばれており、開通は明治31年でした。
 中国鉄道は美作と備前を結ぶ主要路線でした。中国鉄道の開通によって一番影響を受けたのは吉井川の高瀬舟でした。最盛期は150艘以上の高瀬舟が通行しておりましたが、次第に数が少なくなり大正年間には全く姿がなくなりました。
 津山から新見方面に行く鉄道は、西美鉄道といわれ民間資本で工事にかかりましたが、資金難で工事は進みませんでした。
 開通は大正の初めです。この鉄道建設には落合町出身の代議士福井三郎氏の尽力が多かったと言われております。

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