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因美線高野駅とさくら

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高野駅
 津山を中心とした鉄道は、岡山津山間の鉄道が一番早く開通しました。当初は、中国鉄道と呼ばれており、開通は明治31年でした。
 中国鉄道は美作と備前を結ぶ主要路線でした。中国鉄道の開通によって一番影響を受けたのは吉井川の高瀬舟でした。最盛期は150艘以上の高瀬舟が通行しておりましたが、次第に数が少なくなり大正年間には全く姿がなくなりました。
 津山から新見方面に行く鉄道は、西美鉄道といわれ民間資本で工事にかかりましたが、資金難で工事は進みませんでした。
 開通は大正の初めです。この鉄道建設には落合町出身の代議士福井三郎氏の尽力が多かったと言われております。

 津山姫路間の鉄道は播美鉄道と呼ばれましたが、これも資金難でなかなか開通しませんでした。全線が開通したのは昭和11年で、着工以来20数年もかかっております。
 津山鳥取間は国費で施工されました。全線開通は昭和7年ですが、高野駅ができたのは昭和4年でした。
 昭和11年津山市で鉄道開通記念産業大博覧会が開かれました。博覧会の会場は、津山城跡を中心として各種の会場が作られておりました。
 本丸天守台のところにトタン屋根の天守閣が作られいろいろな物が展示されておりました。この仮天守閣は昭和20年8月の終戦の直前まで姿を残しておりました。(文:むかし高野より)

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▲2010.4.10

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▲2010.4.10

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