雫の森と鉾立石(小原)
雫の森と鉾立石の由来
雫の森は苫田の国府関係の祭神の史跡で祭政一致を旨とした古代神会を記念すべき意義ある旧蹟で平安の頃(西暦800年頃)此所に中山神社の離宮ができ、国司はここで中山神社を拝したと考えられる。天正中は中絶したが毎年秋9月9日が総社大祭には国府の祭官は神幸される中山神社の御神霊をここでお迎えして総社々前の客社に於いて奉弊したものである。
中山神社は軍神として仰がれ天慶中の平将門の乱 嘉承2年(西暦1107年源義親が出雲で叛した時)
弘安4年蒙古軍冠のとき平定の大祭を行ったと神伝に伝えられている。その祭事の方法は独特の秘事で
大 鉾を祭壇の中央に立て、また四方に小鉾を立てたので鉾立祭りと言う。嘉承の祭りに用いられた当時の鉾立石が此の碑の前の穴のあいた石で昔時この一帯はうっ そうとした森で、ここに大築神社があったが大正2年中山神社に合祀されて社はないがこのあたりは今も大月と呼ばれている。
昭和49年1月(西暦1974年) 小原町内会建立
雫の森と鉾立石の由来案内板(2016年2月6日撮影)