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中山神社本殿

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 天文年間戦火で炎上後、永禄2年尼子晴久により再建され元文、寛保、天保、明治、大正、昭和と大修理された。建築の大要は永禄の原形を損することなく室町の特長を残している。桁行き梁行きは各五間四尺五寸で共に三間に造り、単層入り母屋造り檜皮葺き、正面に大唐破風造りの向拝を突出し、軒には重繁垂木を分布し、軸部には総円柱板壁、斗拱は三手先、斗拱の間には正面と左右側面とに草花の透彫を挟んだ蟇肱を配し、後面中備には万束を配している。腰四方には和様の高欄をつけた廻椽を繞らし基底の下部には亀腹を作り、その下に石段を設けている。
また正面の向拝は、その棟が入母屋の裾深き甍壁より出て規模頗る雄大である。

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 社殿、本殿の平面共に神社建築上特異な一形式を成しており、全体が荘重優美であること、彫刻の豊富華麗なことなどは確かに優れた建築物として推奨する価値がある。大正3年特別保護建造物として国の指定を受けた。

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 なお、焼失する前の社殿は、平入り(一遍上人絵伝)だあったものが、尼子晴久の再建により出雲(大社)風の妻入りとなった。(永禄2年の棟札に伯州住中尾藤佐ヱ門という頭領の名あり)このような変遷があったことを付記しておく。(文:『美作一宮 郷土の遺産』より)(2017年4月3・6月14日撮影)

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中山神社本殿

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中山神社本殿

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中山神社本殿