安岡町(地域別/津山市/津山地域)

明石屋淵と水練場(安岡町)

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 安岡の裏には清らかな吉井川の流れ、大きな淵(現在のテトラポット付近)があり、鯉・鮒をはじめ数十種類の魚が生息している。
 文化・文政の頃からこの場所では夏になると水練場として多くの子どもから大人まで賑やかに泳いでいました。特に戦後は水泳が盛んになり、夏休みになると西小学区の子どもたち(男は赤フンドシ)が真っ黒く日焼けし、水しぶきをあげたものです。また、この地では神伝流の泳法が盛んで、昭和の三十年頃までは多くの子どもたちはその泳法を習い水泳のできない子どもは皆無の地域でした。

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津山市安岡町の石灯籠

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安岡町から吉井川の川原におりると、川の流れの中に昭和40年代中頃まで四角く切り出した石の台があった。我々が子どもの頃にはフナやコイ、ギギなどの魚種が豊富な良い釣り場であったが、ここはもともと江戸期から続く『トウフ』と呼ばれる船着き場であった。ここを見下ろす川土手には今でも金比羅大権現と書かれた石灯籠がたっている。これは江戸期に城下町の一部として安岡町が編入された事で、船頭町から移転した西端の船着き場として高瀬舟や木材の切り出しの筏の往来に使われてきた常夜灯で有るように思われる。(文:津山城西の秘密のお宝が大集合より)

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義信神社(安岡町)

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この近辺で義人を祀る神社というのは珍しいと思われる。安岡町の義信神社は渡辺藤左衛門義信という義人が祀られている。もと安岡町と茅町は津山の城下町になっていなくて城下町に比して重税に苦しんでいたと云う。元禄の頃安岡町に渡辺藤左衛門義信という浪人がいて町民の為に藩に直訴した処、願いが聞き届けられて城下編入が実現した。しかし、直訴は法度であり、義信は処刑されてしまう。町民は藤左衛門をあわれみ、その義挙を徳とし祠を建て神と崇めた。それが義信神社である。今も安岡町の人々はこの宮をあつく敬い、夏と秋にねんごろに祭祀を行っている。(文:つやま城西まるごとまち自慢より)

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津山・城西まるごと博物館フェア2011

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「津山・城西まるごと博物館フェア2011」

大正時代、商人のまち・職人のまちとして栄えた、津山市城西地区。
その城西地区が最も栄えた時代にスポットをあて、全国から手工芸作家さんやクラフトマンを迎え、クラフト展が開催され、今年は41組のクラフトさん達にご参加していただきました。津山市西今町の出雲街道沿いに、並んだクラフト展では陶芸・刃物・手芸・木工・アクセサリーなどがありました。

ステージ広場では...幼稚園・保育園・小学校の発表や紙芝居などがありました。そして「城西お宝さがし(スタンプラリー)」は、会場周辺にあるお寺、大正時代の建物、神社など回りました。
宮脇町には5基のだんじりが並び、乗ることができたり、鐘を鳴らすことができました。
○安岡町○西今町○宮脇町○坪井町○福渡町
寿光寺では...・津山市立津山西中学校 吹奏楽部による演奏・津山シティブラスの演奏のお寺コンサートが開催されました。来年もぜひ、お越しくださいね。(文:中塚直美)

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