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山西神社(高野山西)

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『美作國神社資料』には「苫田郡高野村大字高野山西字菅田村社 山西神社 祭神 莬道雅郎皇子 祭日 例祭十月二十日 本殿 拝殿 境内坪数 弐百五拾坪 氏子戸数 八拾個(当時) 由緒沿革 不詳」とあります。「新訂作陽誌」には、「高野郷 高野山西村之記」において、「乙宮大明神 菅田分氏神乙宮に在 祭神 八幡の分神と云ふ 本社三尺五寸四方東向 拝殿二間三間 社地東西五十間許 祭日九月十四日」とあります。境内には、荒神社と天満宮が祀られています。

『作陽誌』の「祭神八幡の分神」とは「神社資料」の「莬道雅郎皇子(莬道雅郎子)うじのわきいらつこ」で、応神天皇の子どもです。仁徳天皇が、兄にあたります。
 高野神社が八幡宮と称した時代があることを、前回で紹介しました。八幡宮(神社)の祭神は、応神天皇や神功皇后を祀ることに特色があります。応神の子どもを祀ったことで、「祭神 八幡の分神と云う」と記されたのです。(参考:文中資料 日本の神様読み解き辞典 愚管抄)

資料提供:高野公民館 館長 近藤恭介さん

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鳥居と参道

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境内

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拝殿

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本殿

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境内

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末社神

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手水鉢  (2015年1月25日取材)