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【シリーズ美】講演会-6では「津山藩甲冑師三代」

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2016年12月11日(日)津山市立図書館視聴覚室において第14回おかやま県民文化祭地域フェスティバル「文化がまちに出る!プロジェクト in 津山」【シリーズ美】講演会-6で「津山藩甲冑師三代」と題し、石田謙司(全国歴史研究会)氏の講演に行って来ました。世の中の人魅了してやまない日本の甲冑。その美しさについて分りやすい解説を交えながら、知られざる具足師・津山藩明珍家(宗春・宗保・宗周)の事績について、日本人が見向きもしなかった日本の芸術は世界では非常に価値がある芸術品として買われた。など、江戸明珍家研究の第一人者が解説してくださいました。

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講師:石田謙司先生(全国歴史研究会)は、「世界に比類のない芸術品です。」と教えてくださいました。
上記写真は『徳川実紀』の安政3年8月9日条によると、十三代将軍家定がオランダ国王ウィリアム三世に贈答した二領の具足で、津山藩具足師明珍(謙輔)宗周の作で、ライデン国立民族学博物館所蔵のものだそうです。

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明珍家とは
江戸時代の具足師(甲冑師)の一大門流。江戸を本拠とする家元で、全国に広く分布していた。
津山明珍家について
初代宗春(中田藤吉 東吉郎 東一郎)
津山城下鍛治町中田屋生まれる。寛政3年江戸明珍家へ弟子入り。津山藩より給扶持出る。文化4年宗家より名字をもらい明珍と改姓。文政4年津山藩小役人となる。天保7年 84歳で没。
二代宗保(長吉 長十郎 鼎輔)
越後の国蒲原郡結村の鍛冶職宇野新八の子。文政5年明珍東吉郎の厄介(同居して世話をうけること)となり、天保8年明珍東一郎の跡式を継ぎ小役人となる。弘化2年 59歳で没。
三代宗周(英次郎 鼎輔)
文化14年出生 尾張徳川家の槍師井上喜兵衛の末男。10歳の時から二代宗保のもとで修業した。宗保の娘「おかね」と結婚。弘化3年宗保の跡式を継いで小役人となる。

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具足師・津山藩明珍家の履歴

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「甲冑は、あらゆる職人の最高の技術が結集している日本を代表する芸術です。」と語られました。

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甲冑には、彫金、革、うるし、染め技術の総合芸術としてヨーロッパでは評価されているそうです。

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必ず作った人の名が入っているそうです。

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徳川家からオランダ国王に贈られた二領の鎧の収蔵先はオランダのライデン美術館である。

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日本の芸術は素晴らしいと世界では評価されているそうです。

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近年、オランダで津山藩お抱え具足師、明珍宗周(ミョウチンムネカネ)、の作品である甲冑が発見された。

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甲冑は、津山明珍として高い芸術的評価を得て収集家の間では話題になっているそうです。