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文人画家・廣瀬臺山と飯塚竹斎展

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 2019年6月8日・9日と津山市山下の「旅館 お多福」の作州維新文庫で「第9回 作州維新文庫 特別展」文人画家・廣瀬臺山と飯塚竹斎展が開催されました。二人の山水画や花鳥画がすぐ近くで見ることができラッキーでした。8日の画人談議は津山郷土博物館前館長の尾島治さんと作州維新文庫の竹内佑宜さんでした。廣瀬臺山と飯塚竹斎は年代は違っても同じ時期を過ごし、廣瀬臺山に影響を受けたであろう飯塚竹斎さんの話を興味深く聞くことができました。9日の画人談議は作州地域の郷土史を研究している竹内佑宜さんと岡山県立美術館学芸員の古川文子さんでした。
 また、竹内さんは「臺山、竹斎とも全国に通用する作品を残した郷土の偉人」と話されました。

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玄関先の屏風は閻魔様だそうです。      
 8日の画人談議は津山郷土博物館前館長の尾島治氏と作州維新文庫の竹内佑宜さんでした。少し遅れて参加したのですが、お部屋は既に満員状態の人気ぶりでした。

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廣瀬臺山                    廣瀬臺山筆
津山藩士。文人画家。諱は清風、字は穆甫。福原五岳に画を、細合半斎に詩文・書を学んだ。江戸留守居役となり、谷文晁、雲室、大窪詩仏らと詩社「小不朽吟社」を興し、盟主となった。清雅な文人画を残した。寛延四年生まれ。文化十年没。(『美作の墨蹟』より)

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廣瀬臺山筆

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手前の画は廣瀬臺山筆

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                         飯塚竹斎筆「群鶴図」など
江戸時代の津山藩士で文人画家として活躍した廣瀬臺山と、臺山に影響を受けたであろうと推測される飯塚竹斎の作品展。

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当日は沢山の方がお見えになっていました。    飯塚竹斎筆

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飯塚竹斎筆 
幕末頃の津山藩士。名は與作、字は君鳳。初め小島石梁に学び、のち廣瀬臺山、谷文晁に師事する。郷土に多くの作品を残した。文久元年九月没。六十六歳。墓は津山市西寺町、妙法寺にある。(『美作の墨蹟』より)

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飯塚竹斎の描いた「つる」と「亀の画です。