【津山人】赤坂 健太郎さん

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赤坂さんは、津山市出身で現在は、岡山市に在住されています。只今は、津山市観光ボランティア「お国自慢」のメンバーで大活躍しておられます。そんな赤坂さんにお話を伺いました。「津山といえば、歴史と文化と古い町、津山城がとても印象的な街だと思います。また、津山の魅力を写真で伝え、津山のPRに繋げてゆきたいと思っています。不思議、謎を見つけて皆さんに再発見してもらえたら楽しいかも?将来の夢は、写真を通して子ども達へ文化・歴史の継承をすること。」と明るい笑顔で語って下さいました。

また、瓜生原には生家があり、その一角に趣味で集めたものを展示しておられるそうです。

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この日は奥様(倉敷生まれ)にも参加いただき、津山についてお聞きしてみました。
「津山にはお城があるんだとばかり思っていて、来てみたら無かった。津山の印象は、鶴山のさくら、ホルモンうどん、衆楽園」だったそうです。


そこで、奥様に津山人についての印象をお聞きしてみました。

・人がやさしい
・昔の田舎で話をしているみたいな感じがする。誰かの家の縁側で話をしている感じ。
・近所付き合いが残っている。
<私たちが気が付いていない津山のことを改めて知ったような気がしました。瓦版スタッフ感>


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1990年。山北の高専橋辺りから見た津山城跡(写真左)

1987年、まだ整備する前の城東・梶村家旧宅付近(写真右)★写真提供:赤坂さん


赤坂 健太郎さんのプロフィール

赤坂さんは、昭和50年11月1日津山市瓜生原で200年以上の家系が続く赤坂家で生まれ、3~21歳まで山北で住んでおられました。いまの活動のきっかけとなったのは、小学校のころから社会・地理が好きだったこと。小学6年生のころ、祖父が遺跡の発掘をしていて付いて行っていた。また、小学4年生のころから写真を撮るのが好きで、写真を撮っていたそうです。

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1985年、東津山駅(写真左)

1987年の駅前の様子です。写真の日付は間違いなんです。(写真右)★写真提供:赤坂さん


赤坂 健太郎さんにお聞きしました。

津山について?
・過去の素晴らしいものが、どんどん無くなってきている。古い写真でもあったら伝えられるのではないかと活動しております。
・津山はPRべただと言われるのは、津山の人が地元のことを知らなさすぎると思います。

観光客の誘致には津山の人が何をしたらよいか?
・本人の意識が大切だと思います。

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1988年、今はない作州ふるさと観光センター(写真左)

1988年、神伝流の植原六郎左衛門の生家跡。今は住宅地になって鶴山も見えない(写真右)★写真提供:赤坂さん


困ったこと、苦労したことは

・あまりないのですが、場所を探す時、今ではお聞きしてもほとんどの方が知らないといわれること。


沢山の写真から移り変わる津山を見て懐かしんでいる人は多いと思います。

これからも写真を通して子ども達へ文化・歴史の継承をしながら益々ご活躍くださいね。津山瓦版も応援しております。