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京橋御門(山下)

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津山城への闖入者(ちんにゅうしゃ)
 城の警備は厳重を極め、不審者が入り込むことなどあり得ないというのが、一般的な城に対するイメージでしょう。確かに、城への出入りは簡単ではないですが、町人や農民からは全く隔絶した場所というわけではなく、さまざま人々が通行手形を得て、日常的に出入りしていました。そんな場所ですから、ときには不思議な事件も起きるのです。では、京橋門の番人の報告から、ちょっとした騒ぎのようすを見てみましょう。
 文化元年(1804)の8月17日、昼過ぎのことでした。京橋門の番人二人は不審な人物を目にして、声をかけました。その男は、単の着物を身につけ、尻をからげて鉢巻をしていました。そして、手には白木の箱を持っていました。ふだんだと京橋門は、城内の武家屋敷への用事で入る者も多く、厳しい監視はしていないのですが、このときばかりは少し気になったというのです。

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 その男は、かなり急いでいるようすで、番人が制止するのも聞かず、京橋門を過ぎていきました。番人は慌てて番所に戻って刀を取り、男を追いかけましたが、見失ってしまったのです。番人が、近くを通りがかった人に尋ねたところ、城に向かったというので、直ちに冠木門へと急ぎました。
 冠木門の番人に聞けばもう通ったとのことで、京橋門の番人はさらに城内に向かって石段を登り、表鉄門までやってくると、表鉄門は閉まっていました。そこで、裏門の方に回り、本丸に入って行くと、男はすでに捕らえられていたので、引き返して自分に上司である御持弓頭に報告に行ったのでした。

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 さて、続いて冠木門の番人の報告によると、午後3時ころ、御札箱を持った男が、御札を納めに来たと言うので、止めたところ、御祈祷の札なので箱の中を確認してほしいと言うのでした。番人は、確認するまでもない、上司に尋ねてその指図に従うのだと言うと、男は箱を取って石段を駆け上がって行ったのです。すぐさま二人は追いかけたのですが、冠木門が開いたままであるのに気づいて、一人は門の番に引き返し、もう一人が追跡を続けました。男は表鉄門を通り抜け、玄関前も過ぎて行ったので、直ちに中奥目付役所に届けたというのです。
 男は本丸御殿の敷地内まで入り込むと、出雲大社の御札なので受け取ってほしいと大声で叫んでいました。一方、男を追って駆け上がってきた番人も、狼藉者が入り込んだと叫んでおり、偶然玄関近くにいて騒ぎを聞きつけた中奥目付は、中之口を閉ざし、男に向かって、ひとまず台所で休息するように勧めたところ、男が台所に行ったのでそこで取り押さえ、空き部屋に閉じ込めたのでした。そして、町奉行配下の同心組がやって来ると、男を召し捕らえて帰って行ったのでした。(文:津山市発行 津山城百聞録より)

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現在の京橋御門跡北側の石垣

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現在の京橋御門跡南側の石垣(撮影2016.2.7・2015.4.14)