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田外醤油本店≪ヒサゴ醤油について≫

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≪ヒサゴ醤油について≫
田外醤油本店の商標はヒサゴ(瓢箪)で、濃口(特選、金印、赤印)、淡口、さしみの5種類を製造していた。中でも、天然醸造された〝ヒサゴ特選しょうゆ〟は1年以上もかけてじっくり熟成させた天然諸味を使用し、自然なもの、純粋なものを目指して味わい一筋に磨き上げた逸品として人気を博した。
≪醤油の種類≫・濃口(特選、金印、赤印)、淡口、さしみの5種類 ・中でも、特選が一番人気であった。
(2017年3月19日取材)

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≪田外醤油本店について≫
初代 田外廣三郎(たげ ひろさぶろう)
・旧久米町神代の今井家より婿養子に入る。
・明治20~25年頃、醤油醸造業を始める。

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2代 田外 速(たげ はやし)
・旧久米町倭文の井口家より婿養子に入る。
・2代を継ぐが、自らは津山高女の美術教師に就き、絵師として活躍する。
・醤油醸造業は妻が切り盛りする。

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3代 田外 正(たげ ただし)
・田外速の長男として生まれる。

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4代 田外省三(たげ しょうぞう)
・昭和9年8月7日、田外正の長男として生まれる。
・昭和32年、東京農業大学醸造科を卒業する。
・昭和37年、醤油蔵壁を修復する。
・昭和37年、合名会社田外醤油本店を設立する。
・昭和62年、新倉庫が落成する。
・平成22年2月、4代にわたる醤油醸造業を廃業する。

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樽について
この樽は、津山市高尾の田外醤油本店で、平成22年まで実際に醤油の醸造に使用されていたものです。田外醤油本店は、明治20年の創業と伝えられていることから、実に125年間にわたり使用され続けてきたものです。
樽の材は杉です。杉板と杉板を竹製のダボでつなぎ合わせて、一周したら竹で編んだタガで締め上げ、最後に、やはり竹製のダボで接合した円形の底板を打ち込んで完成です。
この樽で天然醸造された〝ヒサゴ特選しょうゆ〟は1年以上もかけてじっくり熟成させた天然諸味を使用し、自然なもの、純粋なものを目指して味わい一筋に磨き上げた逸品として人気を博しました。

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≪3月19日楽アートプロジェクト地元見学会資料≫
ここにある桶や樽は、明治20年の創業から平成22年の廃業まで、実に125年間にわたり田外醤油本店で使用されていたものです。廃業とともにその役目を終えた桶や樽は、そのまま蔵に眠り続けていました。
私たち≪楽アートプロジェクト≫は、明治・大正・昭和・平成と生き延びてきたこの貴重な桶や樽を保存する一方で、新たな活用事例として4月に鶴山公園で開催される"さくらまつり"に、姿を変えた桶と樽を展示させていただくことになりました。今日はその展示品を事前に地元の皆様に見学していただきたいと思い企画しました。

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≪活用事例≫
【其の1】休憩所2例
 樽を伏せて側板部を2ヶ所切り抜き、内部にベンチを取り付け休憩所に転用したもの。
【其の2】受付台・講演台
 低い樽を縦に半裁し、底面を受付台・講演台に転用したもの。
【其の3】雛飾り
 樽の口の部分を輪切りにし、内側に板を2段取り付け、雛飾りに転用したもの。

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【其の4】テーブル
 樽と樽を接合し、その上に桶の蓋を載せてテーブルに転用したもの。
【其の5】イス
 樽と樽を接合し、イスに転用したもの。


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【田外家エピソード】
・江戸時代は庄屋を務めていた。
・備前往来に位置するため、津山藩の御殿様が休憩所としてよく利用していたという。近年まで式台、風呂、雪隠が当時のまま保存されていたが、改修により風呂と雪隠は失われ、現在は式台が残るだけである。
・昭和8年12月20日、亀甲~津山口間に新たに「高尾仮停車場(現在の佐良山駅)」が開業する。2代田外速は停車場建設にあたり、自分の所有する土地を無償提供し自宅隣接の現在地に誘致したとされる。
・開業当初は、地元民から「田外駅」と呼ばれていたとも伝わる。
(情報提供:楽アートプロジェクト様)