石切場跡から津山扇形機関車庫を望む
石山(大谷)の石切場跡から津山扇形機関車庫を望む(2015年4月12日撮影)
約3年前の景色ですが、今は木が大きくなってこの様には見えません。まだ、扇形機関車庫改築前の懐かしい景色です。
津山市内をパノラマで撮ってみました。
ツツジが綺麗な石切場跡の4月です。
石切場跡のつつじ
石切場跡に近づくと石仏が沢山現れてきます。
石切場跡の石仏です。
石切場跡の石仏です。
石山(大谷)の石切場跡(2009.4.12取材)津山市重要文化財に指定されています。
大谷石切場での刃傷事件
慶長13年(1608)10月、大谷村石山の採石場で、藩の重臣である各務四郎兵衛と小沢彦八が喧嘩となり、巻き添えとなった細野左兵衛までみんな死んでしまうという事件がおきました。この事件が伝わると、おのおのの配下の武士たちが武装してそれぞれに参集しました。この3氏の屋敷は城郭内の内山下にあって、付近一帯は大変な騒ぎになりました。
家老・大塚丹後は直ちに6つの城門を閉じ、適切な処置を行ったため、大事には至らずこの一件は収束しました。当時、江戸にいた藩主・森忠政は、この報を聞いて大いに怒り3氏の家を取り潰しました。
この刃傷事件のあった場所は後に「喧嘩谷」と呼ばれるようになりました。(津山市HP一部抜粋)
市内が綺麗に見えます。
市内の景色
市内の景色(2015年4月12日撮影)