宮脇町

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 津山総鎮守徳守神社のある宮脇町には、津山城下の西の入口として往来取締りを行う西大番所が今の翁橋東詰にありました。
 築城当初は、南側は神社の境内でしたが、現在の街並みになったのは1700年頃と思われます。明治まで徳守神社門前の商人町として、また城下の西の護りの要としての役割を果たしてきました。
 なお、当町内のだんじり「廉珠台」は、津山最古の物で今も徳守神社秋祭りには曳き出されています。

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 明治に入り、津山初の洋風建築となった時習小学校が現津山信用金庫西支店辺りに開校されました。また津山駅(今の津山口駅)ができると津山の町への玄関口の役割を担い、大正時代には、当時としては珍しい電気屋、自転車屋、旅館3軒、呉服屋、菓子屋、小間物屋、畳屋、理髪店等が並び、町はおおいに賑わいをみせていました。
 現在は、一時期の賑わいはありませんが、徳守神社の門前町として昔の面影を残した町人町として続いています。

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(文:『作州城西史』より)(2019年1月14日撮影)