下高倉西(地域別/津山市/津山地域)

高倉小学校の記念碑

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高倉小学校の記念碑に見る高倉の学校教育
  高倉小学校の校門を入って北側の庭園に、「創立百周年記念碑」と「創立百十周年記念碑」が建っている。また、寄松池の土手から西に坂道を上った峠に、創立百周年記念事業として昭和51年(1976)10月に建立した「高倉小学校創立之地」の碑がある。
 創立百周年記念碑の題字は時の文部大臣奥野誠亮氏の書で、当時の高倉公民館長片山方雄氏の碑文が
刻まれている。碑文を補足しながら高倉の学校教育の歴史をひもとくこととする。
(2013年3月21日取材)(文:高倉の歴史と文化財より)

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たかくらの森プレーパークで遊ぶ!

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2015年12月12日(土)津山市下高倉西のたかくらの森プレーパークで「凧作り・たき火・段ボール基地づくり」がありました。当日は曇り後雨でしたが、段ボールでトンネルを作ったり、ターザンのようにしてはしゃいだり、ボランティア「ひまわり」さんの絵本の読み聞かせがあったりと盛りだくさんのイベントでした。あっ!そうそう、焼き芋づくりもありましたよ~。子どもって自然に放つとたくましく遊びますよね~。なんでも、そこにあるもので出来る遊びを自由にやっていくのが、たかくら流だそうです。一度おいでんさい!(高倉自治協議会

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高倉ふれあいの森(プレーパーク)オープン!

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平成26年7月9日(水)15:00~16:00「高倉ふれあいの森」オープニングセレモニーが高倉公民館にてありました。(主催は、高倉自治協議会・NPO法人たかくら村です。)プレパークで行う予定があいにくの雨で急遽高倉公民館にて行われました。高倉小学校の子どもたちも加わりテープカットの後、願い事を書いた風船を大空高く放ちました。

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一宮街道の道標(下高倉東・下高倉西)

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▲後山の伴俊美宅の西側の三叉路に「右一ノ宮 左大たい寺道」、

 野村から高倉に入った揚船の四辻に「左一の宮 大たい寺」、後山の伴俊美宅の西側の三叉路に「右一ノ宮 左大たい寺道」、と刻まれた道標があり、この道が一宮街道であつたことを示している。「一宮」は美作国の一宮である中山神社で津山市一宮にあり、遠くから牛馬農耕の守護神として参詣される。「大たい寺」は「美作西国三十三カ所霊場」の第八番雲光山大帯寺で津山市勝部にある。2013年12月11日取材

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大日如来と古道(下高倉西)

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 宮城野善平の墓すぐ傍に昔からある古い道がある。そこを少し上ると大日如来の石碑とともに、六地蔵がある。ここは散らばっていた石碑や六地蔵を集めた処ではないかとのことでした。そこを更に登っていくと堀内六郎衛門の墓へと続く道。2013.12.11取材

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阿弥陀堂(通称ミコヤブ)・古霊様と大日如来座像(下高倉西字福田・道城)

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 宮東集会所の裏手に阿弥陀堂跡があり、地元では「ミコヤブ」と呼ばれている。

また、道城ばなには古霊様の祠がある。道城の福田修一宅の庭には、大日如来座像の祠が安置され祀られている。また、その裏山に道城寺跡がある。いずれも建立の年代は明らかでない。

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頭取 宮城野善平墓(下高倉西字後山)

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 美作地方は幕末から昭和の初め頃まで、奉納や勧進の草相撲が盛んであった。『作州東部大相撲帳』によると、高倉地区の力士は明治21年から明治末年に29名と記されており、多くの力士が出て活躍していた。頭取(相撲の指導者)宮城野善平の門弟たちが、その功績をたたえ墓碑を建立したものである。(文:高倉の歴史と文化財より)

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高倉ふれあいの森で薪割り体験!ピザ窯つくりをしました。

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2014年1月25日(土)9:30~高倉ふれあいの森にて、美作市で棚田の再生を行っている西口和雄さんを講師に御招きし、里山資源を活かした暮らしを実践を交えながら、薪割り体験!ピザ窯つくりをしました。当日は豚汁とおにぎり、あつあつピッツァを戴き心までほくほく。
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樫風呂様と阿弥陀堂 (下高倉西字堀井)

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 堀井会館から西になだらかな坂道を行くと、家並みの途絶えた左手前方に、真新しい鳥居が見え、開けた所に樫風呂様の社がある。かつては大きな樫の木があったが、その下に広い風呂のようにくぼんだ所があり、堀井組合ではここでお籠りをしていた。その後方に白壁の阿弥陀堂が見える。ここは「本尊薬師如来 苫勝第七番霊場」となっており、堀井では昭和30年代まで、巡礼にくるお遍路さんの接待をしていた。阿弥陀堂が老朽化したため、堀井組合で浄財を出し合って、平成8年に改築し今もねんごろに祀っている。

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故金谷夫婦顕彰碑(下高倉西)

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故金谷夫妻顕彰碑(2013.2.19)
 金谷雅一氏(1883-1979)は下高倉西の西尾に生れ、明治37年(1904)、新天地での農業に夢を託して渡米し、農業等で苦労するなかで洗礼を受けた。戦後、「福音を郷里に」と、昭和29年(1954)に一時帰郷し、地域の協力も得て、高倉に教会と付属幼児園を開設した。
 昭和36年(1961)に、国から認可されるまでは園の経営を援助し、「高倉ひかり保育園」の基礎を築いた。現在保育園は、高倉地区や近隣からも多くの幼児が入園し、保育や幼児教育に大きな役割を果たしている。

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