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田熊 文化財を誇る八幡宮【和算の算額】

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 田熊の八幡宮は、国指定の重要民俗資料として、回り舞台があり、市指定文化財として和算の算額があることで、文化財の名をなしている。
拝殿には、回り舞台についての国(文部省)による文化財指定の額とともに、算額に対する津山市の文化財指定の額が掲げられている。
 江戸時代には、関孝和等によって、日本独自の算数・数式の学問、すなわち和算が発達した。算額は、和算独特の計算法によって難解な数学的・幾何学的な問題を解明した場合、その喜びを神に感謝して、問題と解答を明記した額を作り、神社に奉納したものである。こうした献額は、江戸時代中期から明治の半ばころまで全国的に流行したようで、今も全国各地の神社に残されている。
 もっとも、岡山県下では、井原市の岸加四郎氏の「岡山県と和算」の研究によると、算額が各地に残されているとは言っても、現存は約20ほどだそうである。(文:広野の歴史散歩 宮澤靖彦 編著より)2012.1.10

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 田熊には、和算の大家で算仙と言われて名高い、医師の中村周介・中村嘉芽市がいて、弟子たちを指導していた。田熊神社の算額は、中村嘉芽市の弟子、田熊の井上伊平治義正が、明治24年(1891年)5月に奉納したものである。
 算額の内容は、同じく岸加四郎によって、現代文訳がなされ、新聞紙上にも発表された。(「津山朝日」平成4年5月15日)直角三角形に内接する円についての幾何学(きかがく)の問題を証明するのに、現在の二次方程式・π・ルートの相当する計算法を用いた複雑難解なものである。これは、まさに中村一族が営んでいた和算の私塾の所産であり、そのレベルの高さを伺い知ることができる。
 なお、美咲町(柵原町)の塚角神社には、中村嘉芽市の奉納した算額があるという。
田熊八幡のこの算額は、縦38cm、横84cmの杉板に墨書し、図形を彫り込んだもので、保存状態も珍しく良好であった。市内では、唯一現存している貴重なものと分かり、平成4年5月、市の文化財として指定された。そして、今、市郷土博物館に保存されている。
(文:広野の歴史散歩 宮澤靖彦編著より)