光厳寺の再建された「足王様」の遷座式

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 2026年3月13日、西寺町の光厳寺が管理する外屋敷墓地で足王様の遷座式が執り行われました。
足王様は、外屋敷墓地(広済寮北筋)に祀られていて、古くは旅人や近所の住民が足腰の平癒や道中の安全を願って参拝してきたと伝えられていますが、近年は社が老朽化していて、再建を願う地元の声を受け、光厳寺の檀信徒有志が整備を進め、元の場所に南向きの社として新しく整えられました。
 遷座式では、手足の神社として知られる鳥取県智頭町の河野神社(因幡若一宮)の宮司が神事を執り行いました。

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当日の光厳寺                  遷座式を執り行う河野神社宮司と檀家の得能氏

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準備中の光厳寺の岡村法秀住職と河野神社の宮司です。

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足王祠再建札です。

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「足王様」の遷座式の準備中の河野神社宮司です。

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「足王様」の遷座式が始まりました。

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「足王様」の遷座式でお祓いを受けるみなさんです。

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「足王様」の遷座式の様子です。

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「足王様」の遷座式の様子です。

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「足王様」の遷座式の様子です。

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玉串を捧げるみなさんです。

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「足王様」の遷座式の様子です。

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「足王様」の遷座式の様子            無事に執り行われました。
津山朝日新聞によれば、光厳寺の岡村法秀住職は「言い伝えで智頭の河野神社のことを聞いていた。地元の人々に親しまれ、足腰に悩む人たちのよりどころになれば」と話されていたそうです。


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2017年4月23日に行われたお社巡りで写した古い足王様のお社です。

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2017年4月23日当時の古い足王様のお社裏から写した墓地です。


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事前(2月26日)に下見に来られた河野神社の宮司と整備された墓地です。


西新座西の足王様
 西寺町の愛染寺、大圓寺の裏の外屋敷に墓地があり、その中に光巌寺さんが管理されている、手足に霊験あらたかな「足王様」があります。近年、お社が老朽化のため壊れてしまいました。
 この地に足王様がまつられた経緯は不明ですが、出雲街道近くにあり、旅をする人々や近在の住人の方がおまいりされたものと思われます。管理されている光巌寺は1614(慶長19)年建立とあるので、「足王様」もその時代でしょうか。
 コロナ禍のなか、足王様の社を再建すべく調べたところ、赤磐市和田に足王様があり、手足の病やけがに効く神社で、立派な拝殿と階段があり、下入口には石製の足型(高さ60cm)が迎えてくれます。社伝によれば、勝北町に足手大権現があり、岡山藩士梶浦勘助が持ち帰りまつったところ、 近在の方にご利益があり、この地に勧請したとあります。
 足名椎命(あしなづ ちのみこと)、手名椎命(てなづちのみこと)をおまつりしています。 県北の「足王さま」は、 真庭市蒜山西茅部の足尾神社、上齋原遠藤の足尾神社、真庭市樫西の足尾神社、津山市加茂町塔中の軒戸神社に足王祠があります。全国各地に足尾、足王など足にまつわる神社があり、旅の道中、安全祈願に参られたことでしょう。
 美作地方で有名な手足の神社に智頭の河野 神社があります。(智頭町三吉。因幡若一宮)。 奈義町を中心にした民話で知られている「三穂太郎」(さんぶたろう)の伝説の神社で、木製の形代を奉納する習わしがあります。古くより四肢の病、けがに効験があり、作州一円に多くの人が参拝されています。
 三穂太郎は巨人伝説の主人公で、那岐山に腰かけ、京の都まで三歩で行ったとされる人物で、中世美作で一円を勢力下に置いた豪族 「菅家」の始祖とも云 われていて、銅像が奈義町関本の三穂神社に見ることができます。 伝説では、太郎の死に際し五体は飛び散り、 頭は関本の「こうべさま」、胴体は西原の「あらせきさま」、右手は「右手大明神」、腰から下は高円の「諾神社」、そして腕は因幡の「にやくいちさん」、河野神社にまつられたと云われています。
 さて、この度、光巌寺の足王様が元の場所に南に向かって、石造りで再建されました。 この足王様が、この地で地元の方に愛され、 足腰に苦しむ人々の救 いとなって愛されることを願っています。足を使うスポーツサッカ ー、陸上、山登りなどを楽しむ方、ぜひ城西の足王様に足を運んでみてはいかがですか。(文:おくにじまん研究会・光巌寺檀家、得能良平)

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