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国の名勝の衆楽園にある「七面大天女」

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七面大天女
 七面大天女の総本山は山梨県南巨摩郡早川町にある七面敬慎院で摩尼殿に祀られている。日蓮宗の総本山 身延山 久遠寺の鎮守神、法華経の守護大善神として祀られた。
示現伝説に「日蓮聖人が高座石で説法中、若く美しい女性の姿で現れ、正体は龍で法華経を信じるすべての人々を守護するといい七面山の一の池に立ち去った」......永仁5年(1297)9月19日七面山に七面大明神として祀られた。示現伝説から七面大菩薩、七面大天女とも呼ばれ池の守護神としても崇敬されている。
 徳川家康の側室養珠院 お万の方が元和5年(1619)に七面山に初登詣して女人禁制をといたといわれている。寛永17年(1640)にも再び七面山に登詣している。
 津山への勧請は七面山妙徳庵の縁起によると、宝永3年(1706)6月4日、津山藩主松平宣富が江戸の七面明神を分祀して津山城内の厩(おんまや)濠の傍に勧請した。明治4年廃藩となり七面祠も廃社同様となった。

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藩主が東京に帰ってまもなく、藩主の門族である松平國忠(津山藩の家老職であり永見氏、廃藩後松平氏)
の女の子が重病にかかった時、七面明神が夢枕に立ち「汝の家は藩主の門族となり宜しく我を崇祀すべし」とお告げがあった。松平國忠はさっそく邸内に転祀して祀ると霊験はあらたかで、たちまち病はなおった。 
 近郷の人々も七面明神を崇敬して旱ばつがあるごとに皆来て雨ごいをしたが霊験がいちじるしかった。久米南條郡横山村の人々の信仰がもっとも厚かった。明治16年7月雨ごいのため横山村の寺岡、日下等数人が来て七面明神に詣で松平國忠に七面明神を横山村に勧請したい旨要請した。松平國忠も永世の祭事を一家で行うよりも横山村で祀ってもらう方がよいと要請を諾して明治16年7月28日、横山村清水谷に勧請した。明治35年1月、日蓮大菩薩、七面大天女の二仏をもって本尊とした。現在は飯田淨勝のあとをつぎ子孫が護持している。

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                    この橋の右手にあります。

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衆楽公園の七面祠は池の北側、水の取入口の滝の所にある。明治16年、県は庭園の維持に困り廃園を決めたが、松平家が明治17年岡山県に対し現金と毎年米20俵を寄付するとして整備、保存の嘆願をし、やっと県もこれを受入れ現在の衆楽公園が残った。この時入園した曽田源助が放置されていた七面祠の祭祀を行った。現在の小祠は昭和27年1月8日曽田一族により建てられたものである。
 久米南町に七面の滝があり七面さまが祀られているが、これは千間山蓮久寺の分院となっている。
 『鏡野町史』P444<七面様の古松>
 英田郡林野保倉敷村

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祠のすぐ下です。

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(情報提供:和仁 隆明さん)(2017年6月10日撮影)

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色とりどりの鯉が泳いでいました。

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かき氷が美味しかったです。