津山地域(地域別/津山市)

お福大明神(一方)

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お福大明神 -津山市一方-
 嵯峨井堰の土手は、何度築いてもくずれてしまう。困りはてた村人たちが相談したあげく、水神様のたたりだから人柱をたてようということになった。四方八方手をつくして、人柱になってくれるむすめを探したが、どうにも見つからない。
 そこへ、川向こうの院庄村のひゃくしょう八助のむすめお福が、十何か村のおひゃくしょうのためならと名のり出た。十六の美しいむすめであった。
 お福が人柱となってから、土手がくずれることは一度もなく、村人たちは小さなほこらをたて、お福をまつった。これがお福大明神で、今は佐良神社にある。(文:『岡山の伝説』より)

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安田橋

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 明治八年、東京に師範学校ができ、箕作秋坪が校長になったとき、秋坪は漢学の教授として津山から親せきに当たる大村桐陽(斐夫)をよんだ。この人にまつわることだが、安田伊太郎という津山の一人の青年が東京で雄飛しようと夢を抱いて、明治九年に上京した。しかし東京の風も甘くはなかった。アチコチ歩いて職を求めたが、思うようなものは見つからなかった。持って来たカネは使いはたす。そこで同郷の人、大村先生の門をたたいて、津山へ帰る路金の借用を申し入れたが、風体のよくない二十三歳の青年を見て信用しなかったようだ。一面識もないのだから無理もない。一度、二度、そして三度、大村先生の門をたたいて、やっと三円を借りることができた。こころざし破れて帰郷の途中、一面識もない人に低頭平身して、同国のよしみを訴え、わずかなカネを借りるとは、何とつまらないことか、これではいけない。大いに発奮して働き抜こうと決心した。

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六躰地蔵『山西の民話』

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 山西の村のはずれに六躰という所がある。何時の頃からそんな名前がついたのかだれも知らない。いたち道の細い道がいく重にもくねっている。その山道の背の窪みに小さな石の地蔵様が七つ並んで立っていらっしゃる。あまり信仰する人もないのか、ローソクも線香も見かけることは殆どない。
 今から百年程前のことである。山西に長という信仰心深いおばあさんと生という娘がいました。おばあさんは氏神様に日参二十一日は新善光寺、二十五日は天神様にお参りして帰りには飴玉やけし板を買って六躰のお地蔵様にお供えするのが楽しみであった。

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神楽尾山妖怪説伏(降伏)の事

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 津山市下田邑の字平尾に三子山泉水寺という祈祷の寺がある。
 往時、出雲の富田の城主尼子氏の祈願所であったという。(作陽誌より)
 現在は、毎年大晦日に各地から修験道の行者が、泉水寺に集まり、四方に矢を放ち、大護摩を焚き、火渡りの行事を行って、世界平和・国家安寧、家福増長、厄難消除、健康増進を祈願している。
 美作では数少ない修験道の伝統行事を厳修している寺院で知られている。

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和歌神社(一方)

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和歌神社の由来
 美作や久米のさら山さらさらに
  わが名は立てじよろづ代までに
 今から一千余年前清和天皇が即位されて最初の新嘗祭に神に供える穀物を奉納する国として美作の国が定められた。その貢物の献進に際し美作の国歌として奉唱したのがこの歌で古今和歌集にも記されている。以後、"久米のさら山"は一躍世に出て名所となり、やがて平安時代の和歌全盛期を迎えるにおよんで久米のさら山を詠んだ歌は数少なくはない。
 和歌神社はこうした和歌の歴史の残る久米のさら山を永く後世に伝えようと修理の太夫顯季卿が美作の国を治めていたとき和歌神をここに祭り和歌の宮と称したことに始まり久米郡誌にも載せられている通りの由緒ある神社である。
 なおこの神を敬い祀れば学問が大いに進むことから今では世にひろく崇められている。(文:境内案内より)

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妙勝寺のお焚き上げ供養・年越し水行です。

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 津山市西寺町の妙勝寺に於いて、12月31日午後10時から歳末報恩会。11時からお守りやお札などのお焚き上げ供養。そして、午前0時ごろから有志による水行が行われ、水をかぶり、身を清めて新年の安泰を祈る儀式がありました。今年の年明けは気温も低く寒い日となりましたが、子供たちも大人に混じって元気に水行を行っていました。水行を始めてすぐ体中から湯気がもうもうと立ち上がり幻想的でした。

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2019 徳守神社の初詣風景

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 平成31年元旦の初詣風景です。
徳守神社の初詣の参拝者は境内入り口鳥居の外に続き行列となっていました。境内ではお焚き上げの炎の近くで若者が大勢集まっています。また、おみくじやお守りを買い求める方で賑やかです。今年が皆様にとって良きお年となりますように。

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平成31年(2019)のご来光です。

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平成31年(2019)のご来光を「黒澤山 萬福寺」で迎えました。萬福寺の境内には雪が積もっていてとても寒い元旦となりましたが、ご来光を拝みに来られていた人々と一緒に2019年の幕開けを迎えてきました。今年一年がどうぞ穏やかな一年となります様にと願ってやみません。

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平成30年度津山洋学資料館秋季企画展 天を測り地を測る

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 「測量」という言葉は、「測天量地(天を測り、地を測る)」という中国の言葉に由来しているとされ、江戸時代には土地をはかることだけではなく、天をはかる天文学でも用いられていました。
 測量術と天文学は、どちらも古代に中国や朝鮮半島から知識が伝来しました。江戸時代になると、西洋からもたらされた知識や技術を取り入れ、相互に影響を与えながら大きく発展していきます。
 本展では、日本で初めて実測による日本地図を作成し、測量史に大きな足跡を残す伊能忠敬の没後200年を記念し、江戸時代における測量術と天文学の歴史をご紹介します。

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