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県内で唯一展示!1500万年前のパレオパラドキシアの化石

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 パレオパラドキシアは哺乳類束柱目に分類される生物で、今から約1500万年前に生きていたと考えられています。当時の津山市は亜熱帯の温暖な気候で、浅瀬が広がる海でした。パレオパラドキシアはその海辺で、やわらかい海草などを食べていたと考えられています。
 束柱目の名前の由来はその臼歯にあります。よくみると鉛筆くらいの柱を束ねたような形をしています。 
津山郷土博物館で展示中のパレオパラドキシアの骨格標本は昭和57年9月津山市上田邑の工事現場で当時の中学3年生が発見しました。パレオパラドキシアの化石は日本とアメリカだけで発見されている珍しいものです。全身骨格標本は全国的にも珍しく、県内では津山郷土博物館だけが展示公開しています。(文:津山市HPより抜粋)(2016年10月16日撮影)

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「隠岐帝祭」表敬訪問をしてきました。

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21916年(平成28年)10月17日後醍醐天皇の流刑地隠岐島で恒例の「帝祭」が開催されました。同じ後醍醐天皇をテーマにして、「さら山時代祭り」を開催しているさら山時代祭り実行委員会の面々16名は、昨年時代祭りにご参加いただいた帝祭実行委員長松浦会長へのお返しの意味もこめて、16名の大部隊で隠岐島に降り立ちました。
 2年に一度行われる「帝祭」は鏡開き・餅撒きから始まり、子ども神輿や御所車行列、国賀ドント節踊り大会や抽選会、フィナーレは花火大会と盛り沢山の内容で開催されますが、当日は生憎の雨模様でいま一つの盛り上がりでした。
 イベントのオープンに先立って行われた今回初回の「後醍醐天皇サミット」には、地元西ノ島町を初め、大山町、琴浦町、津山市等が参加して、賑やかに開催されました。
 「隠岐の島」宣言も満場一致で採択され、今後も「後醍醐天皇」をテーマにしたサミットをいき長く継続していくことを、参加者一同で確認しました。

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中山神社の無患子(むくろじ)の木

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 中山神社の宮司さんから「ムクロジ」のとても縁起の良いお話を伺いましたので取材してきました。
なんでも「ムクロジ」はドイツ語で、漢字では中国名の「無患子」と書くことから、子どもが病気をしない、という名前が縁起が良いとされています。今、ダイアモンド☆ユカイさんが歌う「ムクロジの木」が、泣ける歌と注目を集めましたが、ユカイさんは小さいときからこの木を見て育ち、現在はこの木がある公園で子育てをしていらっしゃるそうです。また、来春には中山神社のムクロジの実のお守りが出来上がるそうです。(2016年10月24日撮影)

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徳守祭だんじり衣裳展

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 今年の徳守神社の秋祭りでは、12台のだんじりが出動するほか、南新座一丁目の舟形だんじり「南新丸」が展示されるなど盛り上がりをみせています。城西浪漫館では祭り気分を盛り上げようと徳守祭りだんじり若頭會との共催で開く今展では、各町内の特色ある法被や浴衣を集め、各町内のだんじりの写真と共に展示するほか、宮脇町、小性町の提灯や城西浪漫館所有のだんじり部材や西今町の半鐘などがご覧いただけます。(文:徳守祭だんじり衣裳展チラシより抜粋)(2016年10月16日撮影)

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戦前の徳守大祭の甲冑行列を映した貴重な写真

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2016年10月23日(日)に徳守大祭が行われます。今年は津山城完成400年記念として鉄砲隊古式砲術発砲演武が午後1時過ぎから奴通りで行われるそうです。とても楽しみです。徳守神社のFBに載っていた当時の古い写真をお借りして組んでみました。
 「当時を覚えておられる宮司の話によると、武者甲冑の後ろに奴が続くまさに大名行列さながらで、その後に大神輿が続いていたそうです。」(徳守神社FBより)

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保田扶佐子美術館常設展です。

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保田扶佐子美術館第7回特別展「津山市出身の七人の抽象画家たち展」が大盛況のうちに終わりました。その後、常設展示の準備をなさっている所をお尋ねしてきました。
 今回の常設展では未公開の作品が多く展示されているそうです。美術館に入ると、とてもカラフルで楽しくなる作品ばかりでした。また、保田さんは10月にはスペインへ向けて出発され、来年の春にはまたこちらへお帰りになります。(保田扶佐子美術館は予約により観覧可能です。)2016年10月7日撮影

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津山城跡で行われた博覧会

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姫新線全通記念・産業振興大博覧会が津山市主催で昭和11年3月26日~5月5日の期間に行われた時の記念写真です。この写真は第一会場の写真と書いてあります。(上記写真の提供は保田扶佐子さん)


 津山城は明治維新後の廃城令により建物は取り壊されてしまいました。しかし、その後の保存運動により城跡は「鶴山公園」として整備され、また、福井純一氏などの尽力により、桜の名所としても有名になり、津山のランドマークになっています。
 現在でも桜の季節には「津山さくらまつり」が開催され、また、その他にも数多くのイベントの会場として使用されていますが、過去には、津山で3回行われた博覧会の会場にもなっていました。巾でも昭和11年(1936)に行われたものでは、元々の形とは全く違うとはいえ目玉として天守閣が再建されています。その天守閣の写真などが様々な機会などで紹介されており、ご存じの方も多いと思いますが、博覧会の様子を知る方は少なくなっています。
 そこで、ここでは当時の古写真や記録を基に、再建天守閣以外の博覧会の様子についてご紹介します。(文:津博No.84より抜粋)

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津山高等女学校創立20周年記念(大正12年4月28日)ハガキ

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 2016年8月5日に保田扶佐子美術館の保田扶佐子さんからご提供いただいた記念の写真です。
津山高等女学校創立20周年記念(大正12年4月28日)のハガキセットは、お母様の遺品の中に混じっていたものだそうです。

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熊野神社(荒神山)

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熊野神社(旧村社)主祭神:伊邪那岐命
(由緒沿革)本神社の創建年月日は詳かではないが、出雲国竟宇郡の熊野神社を勧請して荒神社と号した。御鎮座の山を荒神山というので村名とした。慶長年中宇喜多氏の家臣花房助兵衛職秀が此の山に居住して深く崇敬し、供田等を寄附して城内の鎮守とした。維新の際、現在の社号に改称し、明治六年村社に列せられた。(文:『岡山県神社誌』より抜粋)(2016年8月15日取材)(2011年取材した荒神山城跡

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三浦八幡宮のカゴノキ(クスノキ科)

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 本樹は三浦地区を見下ろす高台にある三浦八幡宮の本殿の左側にある。以前は3本の株立ちであったが、奥側の1本が枯れたため現在は2本になっている。名木百選 樹皮が円い薄片となって点々と脱落し、その痕が白く鹿の子模様になることから「鹿の子の木」といわれる。
 八幡宮は「ヒイラギ」で有名な宰務家のすぐ裏手に位置している。(文:津山の名木百選より)(2014年9月26日撮影)

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