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津山駅周辺の10年前の様子です。

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2008年3月11日の津山駅周辺を取材した時の様子です。
 今から随分前に津山駅前のビルにあった明宝映画館に田舎の小学校からクラスみんなと「にあんちゃん」の映画鑑賞にきた覚えがあります。その頃は津山に来たら、横綱饅頭をお土産に買ったこと、また、駅前の喫茶さくらでの時間調整等々想いでの多い建物たちの写真です。

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高野神社「春まつり」がありました。

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2017年4月1日・2日に津山市二宮にある高野神社で「春まつり」がありました。
 4月1日には宵宮祭(16:00~16:40)、鎮守の森ライトアップ(日没後~21:00)が本殿・境内・参道・宇那堤森・立石邸でありました。また、4月2日には春まつり祭典(10:00~10:30)、国指定重要文化財の木造獅子2対(県下最古とされる平安時代の木造獅子)の特別拝観(10:45~16:00午後1:00からは一般の方も拝観)がありました。また、2日間限りの修繕特別御朱印がいただけました。(文:高野神社パンフレットより)(2017年4月2日撮影)2009年取材の様子はこちら

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下河原公園(東一宮)

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下河原公園(シモガワラコウエン) 津山市東一宮1301
面積:1.1ha/設置日:平成10年4月1日/概要:本公園は、東一宮土地区画整理事業により整備された5公園の内の1つ。公園の西側に都市計画区画道路大谷一宮線、南側に都市計画道路東一宮東西線が隣接し、区画整理事業において(5公園の内)唯一の近隣公園で、大きなモニュメントが目印となっている。(情報提供:津山市都市建設部公園緑地課 Tel.0868-32-2097)(2017年4月5日取材)

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千年寺の石燈篭両基

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 長継山千年寺は、長継が自身の生前墓(寿塔=逆修塔)を建立した寺です。 現存するものは境内地と風致林、それから長継公五輪墓(津山 市の文化財)を中心に石柵、石窓和尚・関森和尚の碑、仏殿(本堂)・寿光堂の礎石、中の段は鐘楼、井戸、禁葷酒の石柱、山門の礎石、刹竿の双柱の1本、三 箇所の石段、千年寺への道しるべ石柱2本、下に井戸1箇所と南側の山即ち玉几岡に生き仏(開山鐡堂和尚)の墓があります。(撮影2017年4.月12日)(2014年の取材)

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坂元井堰(津山市山方坂元地内)

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 築造年月は明確でないが、東一宮、東山方の地には条里制の遺蹟を示す凡そ6町四方の区画が整然とした坪割りの地形があった(中村、才田及び下河原)。『美作一宮郷土の歩み』
 これらのことから、8世紀頃にはすでに、農地に水をひく水路の原型ができていたと思われる。以降何度にもわたる改修を重ねてきた。特に藩政時代にはかなり大がかりな改修が行われ、この坂元井堰は上記中村地区の潅漑対策と併せ、山方の大谷川と合流させ、戦時対応を考えて、その水を本光寺前方の「土居の内」にまで取り込めるようにしている。 坂元井堰の潅漑面積は約47町7反の広範囲である。(文:『美作一宮 郷土の遺産』より)(2017年3月20日撮影)

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昭和池(津山市東田辺地内)

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 東西一宮、高田、東苫田、西苫田地区430町歩の水田の灌漑用水確保のため、昭和3年県議会において承認され、昭和5年3月農林大臣より国庫補助の指令があり、耕地整理組合が設立され、昭和7年3月着工、昭和13年3月竣工した。総工費38万5千円。最高水深18m余。貯水量50万トン。(文:『美作一宮 郷土の遺産』より)(2017年3月20日・4月18日撮影)

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薬師堂(湯峯)(津山市西田辺)

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 元禄時代の中頃までは温泉の跡があって「薬師堂」があったことが作陽誌にある。
昔、温泉が出ていて、冬でも氷が張らない湯峯があった。
奥津より赤牛を引いて湯を持ち帰った為、温泉がなくなったという昔話がある。
 現在は薬師堂があり、苫津霊場第11番札所として信仰され地域の人たちによって手厚く守護されている。
(文:『美作一宮 郷土の遺産』より)(2017年3月20日撮影)

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高塚大師堂(津山市山方字高塚地区)

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 空海の像を安置(建物の中に石仏2体あり)。苫津霊場18番札所。現在も巡礼されている。
高峪組と神田組が合同で毎年7月上旬頃、お籠もりと称してお供えをして焼香し、堂の前の広場で酒宴を開いている。(お堂内は葬蓮道具の保管場所にも利用されていた)(文:『美作一宮 郷土の遺産』より)(2017年4月18日撮影)

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一宮市場跡(東一宮)

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一宮の市といえば直に牛馬の取り引きと考えられるが、昔は牛馬は勿論各種の生活物資等の交易が行われた。最初は自分の作った品物を他の需要者に提供し、自分の欲しい物と交換したもので、神社の祭日などを利用して行われるようになった。従ってその市を監督し面倒を見、これによって利益を得る者も出て来た。後には仲介者としての商人もでき、いわゆる門前市場の成立に至った。市が栄えるとその群衆を当て込んで旅籠屋や飲食店が開かれ、遊芸人までが寄ってくる。またその遊芸人によって慰められるべく娯楽気分で群衆が一層盛んになってくる。その上一宮の市は美作の自然に良く適応している牧畜業と古い信仰の伝統との結合によって発展してきたのである。
「一宮の市」は4月中の牛の日から5月4日に至るまでの「お田植え市」である。
 作陽誌には『4月中ノ牛ノ日ヲ御田植ト為ス、社僧大般若経ヲ転読ス、此ノ日ヨリ5月5日二至ルマデ四方ノ商売者雲集シ衣服器用医薬食品及ビ馬駒犢牛ノ類争イ以テ交易ス、傀儡俳優小娼遊技擾々トシテ羶ヲ附シ十数日ノ間往来蟻然タリ、是ヲ一宮ノ市ト謂ウ』
 これら一宮の境内より構屋敷までの間を小市となし、牛馬など大市となし東一宮の市場町で開かれた。太平洋戦争後この市場はなくなり一宮公民館が建ち地域に活用されたが、平成になって一宮小学校跡地に移転したので、更地になっている。(作陽誌、美作一宮郷土の歩み)

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沼のツツジが綺麗でした。

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2017年4月12日津山市沼にある「弥生式住居跡」の周辺のツツジの花が見ごろを迎えていました。
 津山盆地が見渡せる丘の上にある弥生時代の集落跡。竪穴式住居・高床式倉庫・作業場があったとされ、現在ではそのうち、竪穴式住居1棟と高床式倉庫1棟が復元されています。隣接の津山弥生の里文化財センター(入場無料)で発掘成果などを見学できます。(詳しくは過去の取材記録をどうぞ

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