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街角コンサート(津山国際総合音楽祭)

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2014年10月10日(金)18:00~21:00 城東むかし町家にて「津山国際総合音楽祭 街かどコンサート」がありました。ムビラ演奏はコイケ龍一さん、フォークソング シルヴィーズ(堀田一郎、古森由則、田村みゆき)、ボサノヴァ クミコ・ジルベルト(奥村真治、奥村久美子)、アイリッシュ音楽 Leap Rick(リープリック)(桐山有美、宮尾紀子、森本なつみ、山内陣、Christopher John)さんの演奏にうっとり聞き惚れました。

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2014年 津山まつり(徳守神社例祭)

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2014年10月26日(日)恒例の徳守神社の例祭がありました。今年も大勢の皆さんが来られていました。田町の奴踊りも今年は子どもではなく、大人の奴踊りでした。また、今年は30年ぶりに出動した「御花宮」のお神輿もお目見えしました。少し残念なのが、だんじりの数が6台で昨年に比べ少なかったので、毎年出せるように若者がもっともっと増えたらいいですね。

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急げ!津山洋学資料館新館開館5周年記念企画展

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「津山洋学資料館新館開館5周年記念企画展」平戸 松浦家伝来の至宝

 会期:10月11日(土)~11月9日(日)平戸を治めた松浦家に伝来する、貴重な海外交流関係史料です。

 大航海時代、ヨーロッパから出港し、はるかな海路を越えた船が日本へと来航しました。こうして始まった初期のヨーロッパとの交流において重要な役割を果たしたのが、平戸とその領主・松浦家でした。
 ポルトガル船が来航し、オランダやイギリスが商館を設置。幕府によってオランダ商館が出島へ移転させられるまでの約90年間、平戸は「西の都」とよばれるほどの繁栄を極めました。
 本展では、公益財団法人松浦史料博物館の所蔵する資料21点をお借りして展示します。大航海時代から江戸時代はじめの海外交流史を物語る、貴重な資料の数々をぜひご覧ください。(文:津山洋学資料館HPより)

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第43回つやま市民スポーツ祭がありました。

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 平成26年10月12日(日)「スポーツの秋」を楽しむ一日と題して第43回つやま市民スポーツ祭が津山陸上競技場・津山スポーツセンターでありました。当日参加も可ということもあり、リレーカーニバル、玉入れ、綱引き、スポーツ教室等紹介、ちびっこ相撲秋場所、ニュースポーツ、グラウンドゴルフ、ストラックアウト、フリーマーケット、お楽しみ抽選会など盛りだくさんの内容でした。

ご家族の皆さんもとても楽しそうに応援していらっしゃいました。

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【津山人】 多胡昭彦さん(日本のアマチュア天文家)

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多胡昭彦さん(1932年生まれ)は日本のアマチュア天文家で、10数個の彗星や新星の発見者です。小惑星 (7830) Akihikotagoに命名されました。また、1996年に設立された岡山県柵原町の町立のさつき天文台で天文学の普及に尽くされました。
発見した彗星は、C/1968 H1 多胡・本田・山本彗星、C/1969 T1 多胡・佐藤・小坂彗星、C/1987 B1 西川・高見沢・多胡彗星がある。新星としてはV1493 Aql (みずがめ座新星1999)、V2275 Cyg (はくちょう座新星2001、no. 2)、V574 Pup (とも座新星2004)、V2467 Cyg (はくちょう座新星2007)があります。

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2014年10月のイナバ化粧品店

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 2014年10月のイナバ化粧品店の様子です。今日は朝から曇っていましたが、やはり午後から雨になりました。イナバ化粧品店の中は賑やかで明るいです。ママも「この額を作って送ってくださったのはイギリス在住のRobさんで器用に写真の上から絵をえがかれるなぁ~。」と感心しておられました。(2014年10月31日取材)

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旧西村旅館(津山市小性町)

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津山で珍しい木造三階建ての西村旅館

 旅館をやめてから20年くらいになるそうですが、二階部分までは江戸末期くらい前からあったもので、3階部分は、その後、旅館業をするために屋根を取って3階部分を継ぎ足されたものだそうです。
 「今年97歳で他界した親が子どもの頃から旅館をしていたので3階部分でも、おそらく100年以上は経っていて、1階、2階は江戸末期からあったと聞いています。柱はいがんだ栗の木で作ってあり、その柱に合わせて家具が備え付けられています。材料に栗の柱を使っているので長くもっているのでしょう。」とのことでした。
 西村旅館は先々代の西村さんが始めたもので、その後、跡継ぎに大阪の小川家に嫁いだ娘が帰ってきて、親がしていた旅館業を継いだそうです。(2014年5月11日取材)

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森藩政下に移転 山上がりした真言宗の髙福寺

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林田 清應山髙福寺のたたずまい 津山市街東部 野介代の丘陵山麓に清應山髙福寺が所在している。
津山東部では数少ない真言宗の寺院であり、津山市林田667に位置し、町内会は林田山根分に所属している。寺を象徴する大屋根の庫裡、客殿、大師堂や安永年間建立の本堂を始め、鐘楼堂、薬師堂、境内墓地、さらには裏山に四国八十八箇所巡りのミニ霊場を設けるなど、真言宗の必要な設備を全て備えた寺院らしい境内である。

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山田組の荒神様(津山市野介代)

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○荒神信仰の盛んな作州
 民俗学者直江広治氏の研究によると、荒神信仰は全国的に盛んであるが、屋敷神・株内の同族神・部落神・産土神に関わる屋敷外の地荒神は、東は千葉県、西は宮崎県の範囲までであり、その中心は中国地方でとくに岡山県と島根県が最も盛んな地域とされています。岡山県下では、県南より北部の方が盛んであり、江戸時代に修験者の活躍が盛んであった作州こそ、まさに荒神信仰の本場ではないかと考えられます。
 江戸時代、作州で一番多い宮は荒神様であったといわれています。当美作町では、どれほどあったのでしょうか。幸いにして江戸時代半ばの天明4年(1784年)岩見田の百姓赤堀氏の手になる「奉勧請国中惣神宮」の貴重な記録があります。それを整理してみると、荒神様は町行域の42大字(旧村)で合計して129という多きに達しているのであります。(文:作州民間信仰代表 荒神様とそのお祀り 宮澤靖彦) (2014年4月12日取材)

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