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津山老人福祉センター~さら楽~ 演芸大会・作品展

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2020年9月19日、敬老週刊演芸大会が、津山市皿の津山老人福祉センターで催されました。市民講座で高齢者が作ったさまざまな作品を毎年「敬老週間」にあわせて開いているそうです。高井昭彦所長から「素晴らしい作品が約200点が展示されていますのでゆっくり見て行ってください。」とのことでした。今日は最終日だったので園芸大会はあいにくと拝見できませんでしたが、16日はベトナム琴・日本舞踊、17日はマジックショー・クイズ・民謡、18日は大正琴・演歌、19日は日本舞踊があったそうです。

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夕焼け空に感動する。

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 先月の真夏の暑い日、仕事帰りに目にした夕焼けです。普段は忙しく時間に追われて夕焼け空なんてゆっくり眺めることもないけれども、ふと目についた久しぶりに見る夕焼けは茜色に変わり感動的でした。太陽が沈み空がゆっくりと変化しながら赤紫になるころは、何だか切ない気持ちになることがあります。そして生きていることが文句なく有難いと感じます。(2020年8月18日の夕焼けです。)

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天満神社(河辺)

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由緒
 第六十代醍醐帝の延喜元年菅原道真公が大宰府に左遷せられた時、この地の志とと原まで御輦を運ばれた時に、野辺の梅花の春風に散っている様を御覧になり、住みなれた都の名残を惜み感涙を流されたという。延喜三年二月二十五日に薨去になり、その後、この里人に度々霊夢があったので、長徳の頃この志とと原に一宇を建立して、見帰天神宮と奉称した。(文:『岡山県神社庁HPより』)(2020年8月3日撮影)

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角田公園(大田)

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角田公園(タイヤ公園)
 津山市大田にある通称タイヤ公園です。ここの公園は津山市立北陵中学校や、津山市立弥生小学校のすぐ近くにあり、近くで遊んでいる子どもたちは「タイヤ公園」と呼んでいました。なるほど園内には沢山のタイヤが並んでいて、当たっても危なくないのでいいなと思いました。(2020年3月23日撮影)

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金屋神社(金屋)

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由緒
 百済王敬福の末裔、百済源次家久が観応2年(1351)3月官命によって、長岡郷に移住し鋳工を始めた。世人はこれを釜屋と呼び、業が大いに盛んになり、人家が集合して一邑をなしたという。当時の釜屋が現在の金屋である。家久は猿田彦神を守護神として祀り金屋権現と称した。明治4年金屋神社と改称し、明治6年村社に列した。昭和24年摂社八幡神社を合祀して相殿に祀っている。(文:『岡山県神社誌』より抜粋)(2020年6月27日撮影)

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津山和蘭珈琲(オランダ式水出しコーヒー)

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 江戸時代の町家を復元した無料休憩所「作州城東屋敷」で「津山和蘭珈琲」の試飲が出来ると聞いて早速行ってきました。なんでも、オランダで飲まれる珈琲を津山で紹介し、「津山和蘭商店会」を応援する企画として「津山和蘭(ダッチ)珈琲」の紹介と試飲を行っているとのことでした。
 「津山和蘭珈琲」はオランダ式水出しコーヒーで、一般的にはダッチコーヒーと呼ばれるもので、全国を探してもなかなか手に入らないダッチコーヒー専用豆を津山のコーヒーメーカーが商品化したものです。私も試飲させていただきましたが、最初は濃い味かと思っていましたが、意外とすっきりしていて、香ばしくて美味しかったです。

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木山神社(堂尾)

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 「木山神社」の扁額が掲げられた鳥居の奥の境内には、常夜灯、御手洗、拝殿があり数社の境内社が祀られている。「木山神社」は拝殿の奥に細工がしっかりされた「社」が鎮座している。
 近所の方の話では、由緒、勧請時期などの情報は不明だが、近くにあった山城跡から現在の場所に遷座されたのでは?と話されていた。勧請時期などは不明。(文:『私たちの木山さま』より)(2020年8月14日撮影)

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大崎神社(金井)

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由緒・沿革
 森家明神帳によれば、三條天皇の時代長和4年(1015年)11月に前年秋季より金井郷内に疫病が流行して死亡する者が多く、1年余り経っても尚止まらず、益々甚しく、これを美作守 源道方に訴えました。
 道方は当時宮内卿と美作守も兼務しており、宮内史より崇神天皇5年天下に疫病流行して止まないので、翌年大和笠縫の里に大國魂神、大物主神を勧請して三輪明神と崇めたら、天下の疫病ことごとく治ったこの例を聞き、道方は同年の貢物稲百を以って長和5年5月当郷に大國魂神を勧請して西大崎明神と、大物主神を勧請して東大崎明神と崇めたら、疫病がたちまち鎮静しました。
 以って、この明神に不敬ある族は必ず疫病に懸かり又は不幸に陥ると氏子大いに恐れ厚く尊崇しました。
 東大崎、西大崎と神号を称したのは勝田郡第一の大山和気山と、高篠山乾良の2股に延びる全村がこの股間に在り、西の山脉の里金井に達して止るこの尾根先に勧請したのを西大崎と、東の山脉の里中原に達して止るこの尾根先に勧請したのを東大崎と神号したことが、東西大崎の神号が起る由縁なりと書かれています。
 明治6年官命を以って金井神社と奉称し、明治15年更に大崎神社と改称しました。
(美作国神社資料及び水島宮司資料から)

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白山神社(金井)

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由緒・沿革   
 白山神社は、堀川天皇の嘉承2年(西暦1108年)、現在より901年前、岸本伊豫守元親(いよのかみもとちか)が建立したものです。
 元親は、伊勢皇太神宮へ参籠の折の初夢の御教えにより、源義親(みなもとよしちか)の軍に従って、その功によって平正盛より金井村田淵城を賜りました。新恩に感謝した元親は、伊雑宮(いぞうぐう)の御祭神、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)の2神を迎えてこの地に祀り、城の鎮守としたのです。
御利益/歯痛平癒 流疫退除 安産守護

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