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油地蔵とお大師様(小原)

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油地蔵の由来(2015年12月7日撮影)
作陽誌は昔此の地にあった香華寺の貴跡としている石仏の長さを4尺7寸、おそらくは中世の室町期寺蔵信仰が最も盛んな頃の刻遺であろう。
惜しいことには年月日記載がない。もと路座でものを宝永5年藩主松平家の許しを得て茅葺の堂舎を建て後瓦葺きに改めた。
明治中期に大改修を施し今の台石を設けたものである。
作は巧妙とは言われないが六道能代十分遍歴の姿を表して民俗信仰の貴重な資料で、油をそそぐのは立顔また満顔に行う献灯供養の儀である。 
今、県指定の文化財なっている勝田郡勝央町車充寺の油寺蔵と並ぶ保存を要する文化財である。
(以上津山市教育委員会調査原文の写) 

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備中櫓復元10周年記念「津山お城まつり秋の陣」

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 津山城の備中櫓復元10周年記念の一貫として開催された「津山お城まつり秋の陣」の記念事業として創作アート、創作華展、また、横野和紙紙すき、竹細工絵付け、苔玉つくりなどの体験イベントや、鳥取県賀露港から朝どれ新鮮魚の直送やカニ汁のふるまい、21日と22日には、津山ホルモンうどん、そずり鍋、牛ももの丸焼きなど地元のご当地グルメや地域産品が集まり賑わいました。(撮影:2015年11月22日)

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雫の森と鉾立石(小原)

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雫の森と鉾立石の由来
 雫の森は苫田の国府関係の祭神の史跡で祭政一致を旨とした古代神会を記念すべき意義ある旧蹟で平安の頃(西暦800年頃)此所に中山神社の離宮ができ、国司はここで中山神社を拝したと考えられる。天正中は中絶したが毎年秋9月9日が総社大祭には国府の祭官は神幸される中山神社の御神霊をここでお迎えして総社々前の客社に於いて奉弊したものである。

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こけ地蔵(津山市小原)

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この地蔵の由来
 この石仏は昔から小原、一宮街道に常に転んでいるので「こけ地蔵」と呼ばれて悪病除のご利益もあって、小原の名物となっている。
 且っては若者達の力試しの為に利用されて遠く八子、総社迄転んだと云われて居る。その為、石仏体はかなり摩滅している。石仏の由来についてはさだかではない。平成14年10月吉日 小原町内会・小原東老人クラブすみれ会(2016年2月5日撮影)

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在りし日の津山城の天守閣

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津山城(鶴山公園)は、春には千本の桜が咲き乱れ、西日本随一の桜の名所として多くの人が花見に訪れます。桜の季節は、ぼんぼりに浮かぶ夜桜の美しさは幻想的です。 また、新緑の頃の藤、秋の紅葉、雪景色など、四季を通じて訪れる人の目を楽しませてくれます。天守閣などの建物は明治7年に取り壊されましたが、 本丸、二の丸、三の丸の石積みは、高さが45mもあり昔日の面影を今に伝えています。そこで、往時を忍んで天守閣の特集をしてみました。『津山城の石垣についての取材はこちら
津山城(鶴山公園)の過去の取材はこちら』2015年4月2日津山城(鶴山公園)内の銅版を撮影(複製写真:弥生の里文化財センター許可済み)

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棟方志功の意外な作品

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棟方志功の作品 (聖堂に並ぶ三貴女)
棟方志功初の版画作品集「星座の花嫁」(100部限定)です。現在、国内に5~10組程度しか残っていないと思われる貴重な作品集です。
大正14年、第5回国画会展に出展された川上澄生の「初夏の風」を観て感動したことから、棟方は版画への道を歩むことになります。
この作品集では川上澄生の影響を多く受けています。作品も多色刷り版画となっています。 (説明文:棟方志功・柳井道弘記念館)2013年12月6日撮影

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『藁屋根の風景 合田徳一郎遺作展』

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2016年1月16日(土)から2月14日(日)まで『藁屋根の風景 合田徳一郎遺作展』が棟方志功・柳井道弘記念館(M&Y記念館)にて始まっております。合田さんは「藁屋根の画家」として親しまれて来られました。山陰出張の帰りに伯備線の車窓から見た、高梁市入江地区のわら葺屋根の民家に魅せられて以降、日本の原風景ともいえる藁屋根の家を描き続けて来られました。展示では、藁屋根の風景を中心に作品が展示されています。(2016年1月20日撮影)

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棟方志功・柳井道弘記念館

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 M&Y記念館は、板画家棟方志功と上斎原出身の詩人柳井道弘との津山・美作地方における交流や足跡をメインテーマとしています。
昭和23年、柳井道弘に津山を案内され、当時の美作地方在住の若き芸術家たちや日本原開拓団の人々と交流し、大いなる楽しい時間を過ごし、会った人々に多大な影響を与えた棟方志功は、その後、たびたび津山・美作地方を訪れています。
 今日、津山・美作地方に100点とも200点ともいわれる棟方作品が残っているのは、この2人の縁から端を発するものですが、その事実はほとんど誰にも何も知られていません。
昭和23年から28年にかけて棟方志功が津山、美作地方を頻繁に訪れていた事実は、この地域の人々にとって大きな財産であり、後世に伝えてゆくことが大切です。

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白加美神社の静かな元旦

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2016年(平成28年)1月1日の小田中にある白加美神社の境内の様子です。境内は静まり返っていて音ひとつない状態でした。本殿は主神にふさわしく神明造(しんめいづくり)で、しかも、他の形式の介在をまったく許さず、正統性をよく保っていることは、市内に数社ある神明造社殿のうちでは抜群と言われております。本殿の前方に近くから廊下・幣殿・神楽殿・拝殿が直線上に並んでいて鉄板葺の廊下以外は桟瓦葺です。(詳しくはこちらから)

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千年寺の冬と椿の花

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 長継が自身の生前墓(寿塔=逆修塔)を建立した千年寺に椿の花を求めて行って来ました。現存するものは境内地と風致林、それから長継公五輪墓(津山市の文化財)を中心に石柵、石窓和尚・関森和尚の碑、仏殿(本堂)・寿光堂の礎石、中の段は 鐘楼、井戸、禁葷酒の石柱、山門の礎石、刹竿の双柱の1本、三箇所の石段、千年寺への道しるべ石柱2本、下に井戸1箇所と南側の山即ち玉几岡に生き仏(開山鐡堂和尚)の墓があります。(詳しくは2009年の取材をご覧ください) 2015年12月28日撮影

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