グリーンヒルズ津山でお散歩
2018年4月30日にグリーヒルズ津山へお散歩に。そよ風が時々吹いてきて、とても気持ちの良いお散歩でした。ビオラが綺麗に咲いていました。ぐるりと回って初めて発見!なんとウォターガーデンのには鯉さんがわんさかいました。
2018年4月30日にグリーヒルズ津山へお散歩に。そよ風が時々吹いてきて、とても気持ちの良いお散歩でした。ビオラが綺麗に咲いていました。ぐるりと回って初めて発見!なんとウォターガーデンのには鯉さんがわんさかいました。
あけぼの旅館は、津山城下町のほぼ中央部の津山市戸川町31番地に所在する。津山城下町の建設は、津山城の築城とともに、慶長9年(1604)から初代津山藩主森忠政によって開始され、およそ寛永年間(1624~44)頃には完成したとされている。
城下町時代の戸川町は職人町で、慶長年間末以前は「富川」、以後は「戸川」の文字が用いられている。津山城下町を東西に走る出雲街道は戸川町の1本北側の本町2丁目と3丁目の通りにあたる。
これまで、旅館名の表記は、あけぼの楼、阿けぼの、阿希ぼ乃、曙などとされてきたが、現在は「あけぼの」に統一されている。
京橋門は、大手筋に位置する門です。堀にかけられた木橋を渡ると正面には石垣で囲まれた空間があり、右手に折れると門があります。これを桝形虎口といい、厳重な造りとしていました。現在、門や石垣は一部現存しているのみですが、絵図から、門は櫓門であったことがわかります。
現存するのは桝形虎口西側の石垣とそれに続く土塁の一部ですが、土塁は明治の廃城以降も累々とめぐっていたことが知られ、地元の人々からは、「万里の長城」と呼ばれ親しまれていました。
周辺は明治36年(1903)、津山高等女学校の敷地となり、この石垣上には昭和7年(1932)完成の而立館(同窓会館)が建っていました。(文:現地案内版より)(2018年4月29日撮影)
2018年3月30日の森本家とつやま自然のふしぎ館です。
森本家は、錦屋を屋号とし、伏見町で呉服商を営む津山藩の御用商人だったそうです。先祖・森本儀太夫(永禄6年<1563>生まれ)は加藤清正の重臣で熊本城下に居住しており、その弟一族が津山藩主森忠政に召されてこの地に土着し商人となり、藩主森家・松平家に仕え、町年寄、札元などを勤め藩政の御用にあたってきた家で、9代目の藤吉さんは津山銀行頭取(明治12~42年)や町会議員を務め、町の発展に尽力されました。(呉服商の店は明治42年まで続けられていたそうです。)
藤吉さんの子・慶三さんは、明治33年、両親に無断で内村鑑三に入門しようとするが、最初は断られ、のち、両親の許可を得た上で入門を許され、東京帝国大学農科大学に学び、内村鑑三が日曜日に自宅で開く聖書講義に毎週欠かさず出席し、その教えに共鳴し、明治34年にはキリスト教に入信。明治44、45年には内村鑑三を津山に招き、聖書講演会を開くなどキリスト教伝道に努めたそうです。
2018年5月3日(木)~5月5日(土)・10:00-16:00くらや総本舗前駐車場・特設テントにて「鈴鹿屋・くらや恒例の弥生の里まつり」がありました。くらやさんでは、すっかりおなじみになったみたらし団子やたい焼きの実演販売、蒸したて柏餅や新登場の氷室餅とどら焼き摘み放題、鈴鹿屋さんでは陶器市や金物市など、津山みのり学園さんのクッキー、パン工房さんのパン、バンコクコーヒーさんなどなど盛りだくさんの企画でした。(2018年5月3日撮影)
2018年5月3日・4日に「第3回牛魔王選手権」が「津山城つるまる広場」で開催されました。予報では津山地方の3日は雨とのことでしたが、曇りから晴れになり多くの人で賑わいました。会場では、出展者22店舗(投票対象外4店舗)が自慢の牛肉料理で味を競い合い、投票により優勝者を決定という流れでした。平成30年の第3回牛魔王は、「居酒屋上屋のネギまみれの焼きそずりポンズ」、「第2位は城下町肉処櫓の炙り牛タン寿司」、「第3位は新見食肉 千屋牛バーベキュー串」でした。
また、3日には江戸時代の甲冑の着付け体験があり、子ども達にも大人気でしたよ。(2018年5月3日撮影)
作楽神社案内(明治2年11月27日創建)御祭神 後醍醐天皇・児島高徳(旧社格県社)
由緒:元弘2年(1332)北条幕府のために隠岐に流される途中の後醍醐天皇がこの地にお宿りになり、児島備後三郎高徳が桜の幹を削って「天勾践を空しうする莫れ、時に范蠡無きにしも非ず」と記して天皇をお慰めした故事により、貞享5年(1688)津山藩森家の執政長尾勝明が顕彰碑を建て、のち、松平家の家臣道家大門らの努力によって神社が鎮祭された。境内地は約1万坪、鎌倉時代の守護職の館であった。大正11年、「院庄館跡、児島高徳伝説地」として国指定の史蹟となった。社宝の太刀(銘、来国行)は、国指定の重要文化財である。境内神社:護桜神社・水神祠(平成11年11月鎮座130年記念)(文:境内案内より)(2018年4月29日撮影)
4月がも終わろうとしている30日に津山市大谷にある石山寺をお訪ねして来ました。石山寺には、ぼたんの花が沢山植えられて綺麗に咲いているとの情報があり行ってきました。少し道が細くなっていて車で対向する場所がほぼ無いので、歩いて散歩がてらに登られる方が多いのではと思います。登り道は、春には山桜がとても綺麗に咲き、山ツツジも沢山みられるところでもあります。また、秋には紅葉が美しい道で散歩におすすめです。(2018年4月30日撮影)
2018年4月4日の小田中から見た朝日です。お正月の頃と比べると随分出る所が違っています。(2014年の初日の出)早朝に散歩するといろんな景色に出会います。4月というのに随分暖かな気候となり、今年は桜の開花も随分早くなって満開を過ぎて散り始めてしまいました。
大岡熊次郎 1842年5月20日~1920年6月1日(天保13年~大正9年)
地方政治家、篤農家、郷土史家、勝南郡(現津山市)池ケ原村に生まれる。
寛政の駕籠訴訟を行った岡伊八郎の孫。明治元年(1968年)徳川親藩のため窮地にたたされた津山藩は、津山城包囲軍の交渉に、岡熊次郎を外事部の肩書で派遣して、津山城は無事開城することになりました。明治21年(1888年)大岡と改姓。
明治6年(1874年)血税一揆による犯罪者の発生防ぐ。明治7年 北条県会議員。
明治9年 第八番会議所戸長。明治11年~12年 勝南郡書記として、窮民救済に尽力。
明治15年 自由民権運動に参加。明治13年~25年連続3期、勝南郡選出の県会議員を務めた。また、養蚕事業や畜産事業や高取小学校や勝間田農林高校(現・勝間田高校)のも貢献。享年79才:大正9年(1920年)6月高取村村葬。(文:『大崎の歴史と文化出雲街道界隈編』より)