2019年 福力荒神社に参拝!
福力荒神社は、マムシ除(よ)けや安産に御利益があるとされ神社です。
2019年2月5日~2月7日の旧正月の3日間は午前10時から神事が行われ、巫女による浦安の舞、豊栄の舞が奉納されました。3ケ日には安産・蝮除け・学業成就など願う参拝者で賑わい、参道には沢山の露店が立ち並びます。御利益は、蝮除け・子授け・安産・家内安全・学業成就・交通安全・商売繁盛・良縁等 (由緒・沿革)です。(撮影:2019年2月7日)
福力荒神社は、マムシ除(よ)けや安産に御利益があるとされ神社です。
2019年2月5日~2月7日の旧正月の3日間は午前10時から神事が行われ、巫女による浦安の舞、豊栄の舞が奉納されました。3ケ日には安産・蝮除け・学業成就など願う参拝者で賑わい、参道には沢山の露店が立ち並びます。御利益は、蝮除け・子授け・安産・家内安全・学業成就・交通安全・商売繁盛・良縁等 (由緒・沿革)です。(撮影:2019年2月7日)
鷹山に中世の城砦と思われる跡がある。
加茂川沿いの近長道に接する鷹山の頂上は南から西、北と非常に眺望がよく、以前から村人のお花見場として親しまれていた。この山頂に削平された南北二段の平地がある。30㎝ほどの段差で上段南側は一辺約12mの方形、下段北側はやや広い不定形の平地である。尾根続きの40mほど東にも現在は墓地になっているが平坦地がある。ここから東に5、60mのところには尾根を馬の背のように削り出した通路が残っていて陸橋の跡である。なお東に続く尾根には土塁の跡を疑わせるところもあり、一帯が城砦の跡と思われる。
美作の国一宮(津山市一宮)に、中山神社というお宮がある。今は、牛の神さまとしてうやまわれているが、むかし、この神社のご神体は、サルであったといわれている。
猿神社(さるじんじゃ)今昔物語二六巻にみえる「中山の猿」の霊を祀るとされ、現在、猿田彦神として祀られる。牛馬の安産守護の神として信仰を受け、今も尚、ぬいぐるみの小猿を奉納する風習が残る。
津山総鎮守徳守神社のある宮脇町には、津山城下の西の入口として往来取締りを行う西大番所が今の翁橋東詰にありました。
築城当初は、南側は神社の境内でしたが、現在の街並みになったのは1700年頃と思われます。明治まで徳守神社門前の商人町として、また城下の西の護りの要としての役割を果たしてきました。
なお、当町内のだんじり「廉珠台」は、津山最古の物で今も徳守神社秋祭りには曳き出されています。
津山市生涯現役促進協議会が55歳以上を対象にした庭木剪定入門セミナーを開催されると聞き参加して来ました。庭木剪定の基礎知識から松の剪定までの連続した3日間で、低中木剪定の基礎知識から、松の選定、剪定後の仕上げや清掃までを、植木屋 内田博士先生から学んできました。今回は社会福祉法人鶯園内の植木の選定で定員を大きく上回る人気のセミナーでした。参加された皆さんは、ご自宅の庭木をなんとかせねばと参加された方が多かったと思いますが、卒業後はシルバー人材センター等のお仕事も紹介しますとのことでした。
西寺町西
城下町の建設期には武士や町人など、多種多様な宗派の人が集まり住むことによって城下町が出来ました。そうした人々の必要に応じて、津山藩は城下町の東西の端に各宗派の寺院を集めて寺町を作りました。東の寺町が丘陵上に配置されたのに対して、西寺町は町人町から続く主要な街道に沿う形で寺町が形成されました。高い土塀と豪壮な建築物が建ち並ぶ寺町は、城下町の防衛施設と位置づけられました。(『津山市史』第3巻より)
寺町には立派な救護施設津山広済寮(定員80名)があります。平成23年(2011)には耐震建物に建て替えられました。
西寺町東
戦後配給物資を配分するために、町内会が分割されました。
小田中の由来は田中郷からです。『和名抄』には、田中郷は苫田郡七郷の一つと書かれています。当時の田中郷は、西は現在の筋違橋から東の宮川まで、北は上河原から南の吉井川まで広い地域であり、城西通り一帯は河川敷であったと書かれています。田中の地名も田中郷に由来しています。
町内の中心には白加美守護神、田中北部に農業の守護神の2社があります。
2019年1月26日、枯れ木残らず花が咲く衆楽園の雪景色です。
いつもと同じ雪景色と思われがちですが、そんな中でも新しい発見があるものだと感じました。今年は枝に積もった雪がふんわりしていてとてもソフトに感じられましたし、雪を冠った梅の蕾はピンクになっていました。もう春の気配のする衆楽園でした。
安岡町は津山城下の西の端となる町で、町名はこの地域から北に広がる丘陵地から名付けられたようです。町並みは寛永年間(1640頃)には成立していましたが、津山城下から外れている場所であるために町民は租税に苦しんでおりました。その後、南海(紀州)から移り住んでいた渡邊藤左衛門義信の命をかけた直訴により、茅町と安岡町は城下に編入される事になりました。その義挙を徳とし祠を建てて神と崇めたのが、義信神社として現在でも安岡町の守り神として町内に祀られています。
2019年1月26日・27日と寒い日が続き、朝起きてみると雪が降り積もっていました。
それでも朝10時ごろには道路に積もった雪も溶けて、時折日差しも出てきたので雪景色を撮ってみようと津山城(鶴山公園)まで出向いて来ました。津山城(鶴山公園)では知り合いの方や、観光で来られている海外の方とすれ違いました。雪で化粧された石垣が美しく、また、木々に薄く積もった雪もとても綺麗でした。