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保田扶佐子美術館

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2012年6月の保田扶佐子さんの美術館です。今年は7月21日(土)~「2012年度の特別展」があります。期間中の開館日には保田さんのお話が直接聞けると思いますので皆さんおいでください。日程など詳しくはまたお知らせいたします。(保田扶佐子美術館/岡山県津山市押入97-11)保田扶佐子美術館はこちら

2010年の取材2009年の取材

保田扶佐子美術館/開館時間10:00am~5:00pm/開館日 土曜日・日曜日/観覧料 無料/

《保田扶佐子プロフィール》抽象画家・版画家

1942年10月20日。岡山県津山市に生まれる。1981年よりスペイン・バルセロナを拠点に活動する。個展、グループ展多数。絵画、版画のほか、多くのアーティストブックで画家、詩人、作曲家たちと共同制作している。現在はバルセロナと日本を往復しながら活動中。


2012年6月21日(木)~7月1日(日)、10:00am~6:00pm(最終日5:30pm
まで)倉敷のギャラリーK(27日水曜日休廊)保田扶
佐子展があります。


《保田扶佐子作品所蔵》ポレラス現代美術館(マジョルカ)、大原美術館(倉敷)、カハ・ラジェターナ財団コレクション(バルセロナ)、バイス美術館(タラゴナ)、ジュアン・ブロッサ財団ほか、ピカソ美術館(エウヘニオ アリアスコレクション(スペイン ブイトラゴ デルロソヤ市)


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在りし日の津山の風景

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「在りし日の津山の風景」絵葉書で往時を振り返る(2012年6月14日取材)
津山市瓜生原出身で岡山市在住の赤坂健太郎さん所有の絵葉書や津山市の地図、観光パンフレットなど多数が展示されていました。
2012年5月29日~6月24日まで城西浪漫館2階展示室。入場無料!

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河面 清瀧寺天井の鳳凰図

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▲東寺真言宗 清瀧寺本堂  天井の鳳凰図(2012年5月31日取材)

 観音堂(本堂)の内部は華麗な装飾が施されています。天井は格子天井で、中央に算仙中村周介の描いた見事な鳳凰図が嵌め込まれています。

東寺真言宗 清瀧寺本堂(2009.4.12取材)

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久米南町山ノ城の森田さん宅のばらです。

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▲森田宗克さん宅(久米南町山ノ城349)のバラです。(2012年6月2日取材)
  森田さんご夫妻は大阪府から5年程前(2007年)にこちらに来られ、広いお庭や自宅前の畑などを1年目は開墾、2年目から順次バラ園を作ってこられたそうです。このバラ園の名は「里山華農園349」で、多くの人に知ってもらい楽しんでいただきたいとおっしゃっておられました。

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津山市上村 赤堀さん宅のバラです。

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赤堀さん宅のバラ(2012年5月30日取材)
津山市上村319-1(旧勝北町)にある赤堀加津枝さんが育てているバラです。お花の好きな赤堀さん宅の庭にはバラをはじめ四季には色とりどりの花々が咲いています。今年もバラが見事に咲いていました。(2009.5.27の様子はこちらをご覧ください)

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清應山 高福寺の本堂格天井画は、狩野如林乗信 作

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天井画をもう一度拝見したいと、清應山 高福寺の本堂をお訊ねしてきました。
 津山市林田にある清應山 高福寺の本堂建設は、相当な経費をかけての大工事であった。大工棟梁は、播州赤穂南野中村から善左衛門清貞が呼び寄せられ、総ケヤキで高度な技術を駆使しており、当時としてはかなり優れた本堂に仕上げたのである。更に、本堂格天井画には極彩色で描かれた、天女や植物の画132枚がはめ込まれている。これは、本堂建設に先立って、津山藩絵師「狩野如林乗信」に依頼して描いたもので、工事が開始された安永3年の6月28日には既に完成している。(大師殿・客殿・庫裏落慶記念誌より抜粋)2012年5月20日取材

前回の取材はこちらをご覧ください。

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平賀元義の遺墨展が旅館「お多福」でありました。

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平賀元義(ひらがもとよし)(1800~1865)という人
幕末に万葉調の歌人として活躍した国学者で、正岡子規や斉藤茂吉等に影響を与えた人で個性的な書風を持つ歌人としても知られる。
 1800年(寛政12)に岡山藩士平尾長春の子として生まれ、岡山城下富田町で育った。
 1832年(天保3)脱藩し、平賀左衛門大郎源元義と名乗って、備前、備中、美作などを放浪し、多くの万葉調の歌を作った。奔放純情で奇行が多かった、と伝えられる。
 生涯不遇の人で、学才を認められた矢先、路傍で卒中のため急死した。


平賀元義という人は作州を中心に旅を重ねた人で、弟子にこよなく愛された人である。
◎エピソード
・仏教が大嫌いな人で、仏教信者と袖が触れただけでも禊(みそぎ)を繰り返したという。
・武士の魂を持ちつつ、弟子の家を渡り歩いていた歌人。
(門人の家では塩とチリシを使い放題使ったので門人の奥さんから嫌われていると悟ったら、また次の門人を探して宿にしたが、門人からこよなく愛された人。
・使い古した着物を着ていた。

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作楽神社のカキツバタの花が綺麗ですね!

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2012年5月13日に津山市神戸(じんご)にある作楽神社の外堀で咲くカキツバタの花が周囲の緑に映えてとっても綺麗でした。そういえば年々増えてきていますね。ここのカキツバタは、住民有志のみなさんがお手入れをされていて、現在約2000株にもなっているそうです。12日~20日午前10時~午後1時にお茶の接待があるそうです。(過去の取材はこちらをご覧ください。)(さくら

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田熊 山頂に位置し祀られている愛宕神社

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2012.4.21
田熊 山頂に位置し祀られている愛宕神社
 広野小学校下の小村池を、東に沿って、田熊上土居方面へ至る坂道をあがると、北側の山頂にある位置に愛宕神社が祀られている。丘陵性の山地のため、軽四自動車ならば、坂道を上りきった所からか上土居西山集落の墓地のあたりから、愛宕神社周辺へ行き着くことができる。
 この辺りは、付近で一番高い山のため、樹木のない南面の展望がよく効く所であり、まことに愛宕の神を祀るにふさわしい場所と言える。福井の新宮山にも、同じく山頂部に小祠の愛宕様が祀られているが、こうした場所の限定は、愛宕の神の特性を考えてのうえと思われる。
 愛宕の神は言うまでもなく、京都市嵯峨の愛宕神社から勧請されたものである。京の愛宕神社は、もともとは、山城と丹羽との国境にあたる鷹峰の地に鎮座し、塞の神としての性格を備えていたといわれている。平安遷都後、比叡山に相対してそびえる愛宕山で祀られた。
 火の神の迦遇槌神(火産霊神)を祭神としていることから、鎮火火災の神、つまり都を火災から守る神として信仰され、ついには王城鎮護の神となって祀られた。やがて、多くの修験者たちが山籠りするようになると、愛宕山伏は諸国を遊行し、火伏せの神としての愛宕信仰を広めた。そして、村々の小高い丘を見つけては、そこに分社分霊を勧請してまわった。事例として、NHKの場合、東京港区の愛宕山にあり、その丘の上には愛宕神社が鎮座している。(文:広野の歴史散歩:宮澤靖彦 編著より)

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県立森林公園で命の洗濯をしてきました。

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森林公園のあらまし(2012年5月6日)
 岡山県立森林公園は、岡山県が「明治百年記念事業」の一環として購入した県有林のうち、県北の鏡野町奥津地域と同町上斎原地域にまたがる森林を整備し、"岡山県立森林公園"として昭和50年7月開園しました。
 この公園は鳥取県との県境に位置し、面積334ヘクタール、標高840~1,100mの中国脊梁山地にあり、気候は日本海側気候に属しています。
 森林の大部分は、ブナ、ミズナラ、マルバマンサク、ツノハシバミなどの落葉広葉樹と群生したネマガリダケが主体ですが、一部には県内でも珍しいカラマツ林があるほか、スギ天然林、スギ、ヒノキの人工林もあります。
 尾根筋には、ブナ、ミズナラの大木が茂り、山麓の一部にはマユミの大木が秋見事な赤い実をつけ、また清らかな渓流沿の湿地では、バイケイソウ、ザゼンソウ、オタカラコウなどの湿原植物が季節を追って出現するなど、四季を通じて変化するすばらしい自然景観と眺望はこの公園の特徴です。
開園機関:4月雪解けから11月末日・新緑見ごろ:5月上・中・紅葉みごろ:10月中・下旬(パンフレットより)

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